忘れた頃に、というのはまさにこの事だった。あの日から数年、数えて19になった暑さがゆるやかに落ち着いてきた日に、茶の癖毛を揺らしてあの人が再び姿を見せた。美しい石の瞳は健在で、海の煌めきを湛え揺らめいている。ひと掬いの蜜を垂らした甘やかさを持って見詰められ、気恥ずかしさと居た堪れなさに身を捩った。どうしてだか、この人はこちらの目を食い入るように見るので落ち着かない。けれど目を逸らしたとしても決して咎めない彼の逞しい腕の先、これまた美しく長い、けれど戦う者の手に握られた小さな袋が目の前に差し出される。受け取れ、と言わんばかりのそれに首を傾げつつも素直に手に取った。感触からして細かなものがいくつか入っているそれを、開けろと目で示してくるので取り敢えず手の上に転がすように取り出す。大小の粒は様々な色をしていたが、皆一様に煌びやかに陽の光を浴びて輝く代物だ。確実に高価なもので、自分などが手にしてはならないものだと、学が無くとも流石に理解出来た。背筋を抜けた冷たいものに慌てて袋に戻そうとしたそれよりも早く、日に焼けた褐色の腕が伸びてくる。いつの間に隣に来たのか、身を寄せながら無造作に石を摘まんではこちらと見比べては首を傾げていた。意図が掴めずされるがまま、困惑を持って見上げた彼は真剣で、問いかけるために開いた口は結局の所何も発さずに閉じることになる。せめて何か言ってほしい、とそれでも笑みを絶やさずにいれば、不意にその手が止まった。
「お前と同じ色は無いんやね」
残念そうに言葉と吐息を零したその人に瞬く。何かと思えばそういうことだったのか、肩の力を抜いて深く息を吐いた。何、と問うような視線に首を横に振る。そうか、と特に気にした様子もなく、またひとつ摘まんだ石を耳元に当てられ顔を上げた。そうしてしばらく、数秒か数十秒か、ややあって頷くので気に入ったものだったのだろう。大振りの石は値段を考えただけで眩暈がしそうだった。
「これが一番やね……なあ、俺ん色は?」
幼い子供みたく笑い首を傾げた肌を、する、と髪が滑る。細められた輝く瞳が美しく見入ってしまう。海を切り取りはめ込んだようなそこに自分が映っているのが何とも不思議だ。少しの間見詰めていたが、早くと言わんばかりに手の上の石を突かれ我に返った。色と言われたが、光を反射して眩しいそれらは全て似合うように思えてくる。彼と石を見比べ睨み合うことしばらく。動いた拍子に大きく転がったそれが目に留まった。透き通るような、それでいて深く光を取り込んだそれは一等輝いて見える。
「……これ」
「これ、な」
他の石を避けて差し出す。満足そうに目を細め摘まみ上げた彼が、これまた嬉しそうに陽に透かして見ていた。陽を取り込み一層の輝きを孕んだ石から艶やかな光が濃い肌に色を落とす様はあまりにも神々しい。うっかり見惚れていたのに気付き苦笑したその人は、先ほどのふたつの石を手にして去ろうとするので慌てて服を掴み引き留めた。残りを忘れている。袋に戻して差し出したが、少し思案した末に受け取らず握らせながら微笑んだ。生活の足しにすると良い、とさも当然と言わんばかりの声に思わずぎょっとして腕に縋りつく。咎めることなく笑みを湛えたままの彼に頭を撫でられた。
「また来るよぅ」
ふ、と表情を緩めるのに胸が高鳴る。石のことも忘れて、またとはいつだろうと考えてしまう。前回の間隔だとすればそれはとても長く、待つには少し経ち過ぎる。このままでは直ぐに歳をとってしまう。
「は、早く来てくれないと、すぐお婆さんになっちゃいます、よ」
尻すぼみの言葉は届いただろうか。早く会いたいと遠回しに言っていることが何だか恥ずかしく顔を見れないでいたが、僅かに声を漏らした彼に目を向ける。眩しそうに目を細めて、頷いたのが分かった。