癖と油断と微睡みと

朝から色々なことがありすぎて、まだ昼過ぎだと云うのにとても疲れてしまった。天候の影響で遠征組が帰れず連絡を取り合っていたら座標装置がけたたましく鳴り響き、まるで沸騰した水に浮かぶ気泡のように現れる時間遡行軍を潰してもらうべく臨時の部隊を編成して各地に送る。ほっとしたのも束の間、検非違使が出現してしまうという始末。練度に差がある部隊が遭遇してしまい、それはもう大変なことになった。どれだけ審神者をしていても慣れることの無い、折れてしまうかもしれないという恐怖には勝てない。また呼ぶことは可能でもそれはもう同じ子ではない。以前とは違うまっさらで新しく、共に過ごした記憶は無いのだ。だから重傷で帰ってくる姿を見ると肝が冷えた。手入れ部屋を全て使い、今もひとり放り込んできたところである。そんな最中でも政府からあれやこれやと書類だのメールだのが送られてくるので少ない脳みそはパンク寸前だった。審神者はひとりしかいないことを分かっているのだろうか。

「ちょっと、休憩……」

自室前の縁側にふかふかとしたクッションを置いて身体を鎮める。暖かな陽に包まれて、直ぐに睡魔が訪れた。拒否出来るはずがなく、浅い微睡みに思考を委ねれば呼吸は深く長くなっていく。眠りの淵に片足を踏み入れた辺りで誰かに呼ばれた気がしたものの、もう目は開かない。肩を揺すっているであろう手が心地好かった。はっきりしない意識のまま手を抱き込んで頬を寄せる。うちでしっかりとした筋肉を持つのは誰だったかと、心当たる前に記憶は途切れた。



「何事…?」

誰かが来てそこで寝落ちたのは覚えているがこの状況については全くもって検討がつかない。大きなクッションソファに身を任せる彼に抱かれているのは何故だろう。お陰で逞しい胸板としっかりした腕の感触がありありと分かってしまっている。おまけに緩く足を絡められているので逃げ場がない。物凄く温かいし安心するのは違いないが、それよりも今は込み上げる別のものに泣きそうだ。恥ずかしいのと申し訳ないのと色々なものが混ざってぐるぐるしている。以前から、丸くなって寝るとか近くにあるものを掴んでいると刀剣たちから言われていたし自覚もあったが、実際に誰かを巻き込んだことは無かったので動揺が凄い。他の子たちは知っているから近寄ることはなく、あったとしても五虎退の虎やこんのすけが主に餌食になる。最初のうちに教えてあげれば良かった。起きたらきちんと伝えておかなければ、と寝息を立てる彼を盗み見る。睫毛が長くて羨ましい、などと思わず凝視してしまったが本当に寝ているとは限らないことに気付いて目をそらす。刀剣たちは気配に敏く、少しでも物音がしたり動いたりすると分かってしまう。これだけ近ければ余計に目を覚ましやすいだろう。よっぽど安心しているか、そこにいるのが自分に害をなさないものと分かれば別なんだろうが。

(とりあえず起きないと、)

わりとしっかり抱き込んでもらっているので起こさないように、という考えは皆無だ。これで気付かれることなく抜け出せたらもはや忍者か幽霊か何かしかない。暖かくてまた寝てしまいそうになるものの、時間的に夕食の手伝いに行く約束をしているので甘えてはいられない。そもそもいつまでも彼とのこの状況というのも気が気でなかった。いたたまれない。意を決して顔を上げる。ぱちり、と目が合ってしまった。心の中で大絶叫をしているのが外に漏れていないのが不思議だ。かろうじて出た、蚊の鳴くような声に、彼は首を傾げた。目の前で揺れる蜂蜜色が、どうしたのと言わんばかりにこちらを見ている。
起きていて意識がはっきりしているなら話は早い。力の緩んだ腕の中から抜け出してきっちり土下座をきめた。

「大変申し訳ありませんでした」
「主?」
「寝てるときは何でも巻き込んじゃうから、近寄らない方が良いよ」

他の子たちもそうしているから、と言ったところで彼はきょとりと目を丸くしている。そんな顔も可愛い、なんて思っている場合ではない。正座はそのままに顔を上げ、まるで懺悔を終えた信徒の気持ちで彼の言葉を待つ。来て直ぐの慣れていない子になんてことを、という思いと淡い想いを抱いている相手に何をとで穴があったら入りたい。こtのやらかしを知ったら清光が腹を抱えて笑い転げそうだ。しょんぼりと肩を落としていれば、少しして小さく声を上げて笑った彼の手が伸びてきた。軽く頭を撫でてから脇に手を差し込み持ち上げられる。そのまま入れ替わるようにクッションに乗せられて、膝をついた彼が見上げてきた。

「主にこんなことさせたのが知られたらオレが怒られてしまうよ」
「他の子はそんなことじゃ怒らないよ?」

きちんと主だと認識されてはいるが基本は家族や友人みたいなものだ。土下座くらいなら皆は大して気にしないだろう。駄々を捏ねたら叱ってくる刀剣もいる。

「うん。それはオレもだよ」
「うん?」
「だから、主が謝ることない」

彼の言葉に今度はことらが首を傾げる番だったが、頭の中で声を反芻させ、はた、と気付く。パズルのピースがぴたりと嵌るような感覚。みんな、何してもよっぽどのことが無ければ怒らない上に気分を害する様子もない。それは自分もだと彼は言いたいのだろう。だから、一線を引くようなことはしなくても良い、と。他の子たちに対するように接して構わないと。

「それに主は暖かいから、一緒に寝るのは大歓迎だよ?」
「勘弁してください……」

からかうように笑うから、思わずその場に崩れ落ちる。そんなこと言われたら勘違いしてしまう。心臓にとても悪い。ふんわりと笑った彼が何か言った気がしたが、聞き取ることは出来なかった。




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