芽生えて育てよ恋心

清光からの爆弾発言を受けてから変に意識してしまっている所為か彼とまともに顔を合わせられない。仲良くなりたいがこれではどうしようもなかった。今日は少しでも話せるだろうか、淡い期待を胸に日課の朝練メニューをこなしていく。朝練と銘打ってはいるが起きたらやる大雑把具合なので何時だとしても構わない。出来た人間ではないので寝たいときは昼過ぎまででも寝る。今日は比較的早く目が覚めたので世間一般でいう朝の範囲内だった。一通り済ませ、以前山伏に頼んで地面に立ててもらった杭の上に立つ。バランス感覚を養うためのこれは心を落ち着けるのにも都合が良い。何せ動揺すれば身体は直ぐに傾いで地面とこんにちはさせられてしまう。深く息を吐いて片足を上げる。ゆっくり、少しずつ体勢を変えて、いかなる時でも重心を杭の真ん中へ置く。反対も、と足を変えたところで後ろから声を掛けられ身体が揺れた。普段なら声を掛けられたくらいで反応することはないが、今回は声の主が良くなかった。

「っ主、大丈夫かい?」
「だいじょばない、かもっ」
「触るよ」
「ありがと〜」

後ろへ傾ぐ背に手が添えられ、重心が元に戻る。細い杭の上にぎりぎり両の爪先を乗せて上半身だけで振り返った。少し下に見える、ゆったりとしたたれ目は甘やかな蜂蜜色。それに似た髪はふわりと揺れて、優し気に上がった口角が可愛い。そんな容姿とは裏腹に鍛えられた身体は逞しく、惜しげもなくさらされた二の腕は自分と一回りくらい違うかもしれなかった。ひえ、と漏れそうになる悲鳴を飲み込み彼を見下ろす。同じように目を合わせようとしてくれる柔らかな双眸には僅かに心配の色が滲んでいた。もう大丈夫だと笑顔で応えれば、安堵の色が広がっていく。

「君は、今日はお休み?」
「ああ。本丸のことを教えてもらっていたんだ」
「ここ広いもんね」
「賑やかで良いところだよ」

心を溶かすような優しい声が耳を擽る。いつまでも聞いていたいと思わせるそれに呼ばれ我に返った。人の顔を見てぼんやりする変な主だと思われたくないので、杭を降りて荷物をまとめる。どうしたの、というような視線を向けられて、瞳に映る自分にどきどきしてしまった。これでは本当に恋をしているみたい。清光の所為だと内心で少し叱った。

「ご飯食べた?まだなら一緒に行こう」
「一緒に、良いの?」
「あんまり主とか気にしないで。みんなにもそう言ってるんだけど、主従とかで縛るの嫌なんだよね」
「ん、分かった」

小さく頷いてくれた彼に安心した。これで拒否されていたら後々自室で凹みまくっていたかもしれない。会話らしい会話もあまり無かったが、一緒に歩いてくれるだけでも何だか嬉しくて満たされた気持ちだった。本丸のことを教わっていたと聞いていたから、自分でも伝えられそうなことを口にするだけだったけれど、きちんと相槌を打ってくれる優しさに胸がきゅんとした。それも母屋に着く頃には既に沈黙だったが。

「君は何が好きかな?食べたいもの、台所のボードに書いておくと反映されることもあるんだよ」

使い勝手を考慮して改装した広い台所、大きな冷蔵庫に貼ってあるホワイトボードはいつも文字でいっぱいだ。ここに来た刀剣たちは皆が食事を楽しんでいるようで嬉しい。彼はまだ来たばかりなので食の好みは確立していないかもしれず、これから色々なものを食べて欲しいと思う。作れそうなものなら作ってあげたりも、なんて考えたりして。




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