君を知って世界は周り始める

とてもきらきらとした人が店に来るようになった。柔らかなミルクティー色の髪と甘やかで神秘的な、艶やかな瞳を持っている。すらりとして高い身長はモデルでもあまり見ないだろう。どこか違う国の血が入っているのかもしれない。涼やかな目元とは裏腹に豊かな表情は、彼を親しみやすくしているのだろうと思った。良く通り声も心地好いトーンだ。確実に天は二物を彼に与えている。そんな彼は去年の帰省時には見なかった顔で、今年だけの人だと確信していた。休みのうちに研究を、と母と話しているのを聞いたので、きっと学生か院生のどちらかだろう。暑いなか大変だと、注文とは別にドリンクをご馳走したら眩しい笑顔が返ってきたこともあった。良く笑う、少し大袈裟な人。それが彼の、古論クリスの第一印象だった。



人の波もおさまり適度な落ち着きの中、彼が潮の香りを纏い顔を見せる。来る前に海に潜っているのだろうか、長い髪は大抵しっとりと濡れていた。毎日のように顔の良い彼を見ていれば自然と覚えてしまうもので、注文するのも毎回同じなので聞かずとも提供できるが、店員に認知されることを苦手とする人もいるため伝票片手に注文をとりに行く。今日もまた、同じアイスコーヒーだ。この店では水で落としていることもあり、マスターでなくとも提供が可能だった。いつものよう用意する途中、目に入ったミルクポットに手を伸ばす。貝殻を模したそれは以前出先で買ったお気に入りだった。ころり、と丸いまろやかなミルク色のそれと同じミルクと、もう一つにはシロップを注ぐ。どうせならサービスしてしまえと魚のプレートにおさかなクッキーを乗せる。母の気分で変わる焼き菓子は、どうやら今日は海の生き物のようだ。きっと海が好きな人のはずなので嫌と思うことはないだろう。

レポートだろうか、テーブルに広げる彼の横から少しだけ見えたそこには長い片仮名の羅列が綴られていて少しくらりときた。


「お待たせしました」
「ありがとうござい……これは!」


眼前に並べられたそれらに目を輝かせた彼が器とこちらを交互に見る。こんなにも喜んでもらえるならもっと早くこれにしていれば良かった。まさかこうも食いついてくるとは予想していなかった。ミルクポットをかかげまじまじと見つめる瞳は、新しい玩具を見付けた時の子供のようにこれでもかと輝いている。心なしかいつもよりも嬉しそうにミルクを入れ、珍しくシロップも全てコーヒーへと消えた。混ざったそれが柔らかな色になったところで手がクッキーへと伸ばされる。長い指がそれを摘まんで、顔の前へと連れて行く。まるで食べるのが勿体ないとでも言うように目を向けられて、逆に食べないと勿体ないのでは、と彼を促す。嬉しさを前面に押し出したまま食べ進める様子は、やはり幼い子のようだった。

美味しい、と素直に好意を伝えてくるところに好感が持てる。クッキーを頬張る姿を見ていたらおかわりを勧めてしまいそうだ。



「貴方のお陰で論文も捗ります!」
「それは良かったです」


邪魔をしては悪いから、とカウンターへ戻る。ついでに自分の飲み物を注ぎスツールに腰を据えた。途中読みで放置していた雑誌を手にカップに口をつける。有線から流れる夏の定番曲がゆったりと店内を満たしていく。これを聞いていると海へ行きたくなるな、なんて思いつつ視線を窓の向こうに向ければ、視界の隅に映った彼も同じように外を見ていた。大きな窓を隔てて一面に広がる海を背景に佇む光景は、まるで一枚の絵画を思わせる。真剣な瞳に映る風景は一体どんなものなのだろうか。彼の見ている世界が気になるなんて、恋焦がれているみたいだと苦笑した。



「いつも長い時間すみません」
「構いませんよ。ゆっくりしていってください」


空に朱が混ざり始める頃、彼は荷物をまとめて席を立つ。長い髪はすっかり乾いてさらりと揺れる。安心したらしい心の内が顔に出てしまっているのが可愛らしい。またお待ちしてます。その言葉に彼は勢いよく頷いた。



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