食事の最中まであの子の話に付き合うのは些か疲れがくるというもので、食後の散歩をすると言い、送迎の車を断り別れたのはいくらか前のことだった。別れ際にも嫌味を言われたのは言うまでもない。けれど、久しぶりにきちんと会話らしい会話が出来て良かったとも思う。この先、何が起こるか分からないのだから、話せるときに言葉を交わしておきたかった。
次に彼の顔を見るのはいつになるだろう、と考えながら角を曲がった先に、休日なのだろうか、私服で歩く見慣れた金髪を見付けそっと近寄る。周りを見回す姿を不思議に思いながら、細い肩に手をかけ優しく名前を呼んだ。一瞬、驚いたように肩を跳ねさせたものの、こちらに気付いた途端に花が咲くようにふわりと笑顔を見せる。鮮やかな瞳に喜色が混ざり柔らかく細められ、形の良い唇がゆるく弧を描く。魔女さん、と呼ぶ声の甘さといったらない。警戒心をあっさりと解いた彼の頭を撫でた手を離そうとするその時に、追いかけるようにして絡められた彼の指に、ひとつ瞬く。控えめながらもしっかりと絡んだその体温が心地好かった。

「今日は、お休み?」
「はい。外に出たら会えるかな、と思って…」
「だれに?」
「魔女さんに」

さらり、と当たり前のように言う目の前の彼に思わず数度瞬き、それから小さく表情を緩める。きっと意識などしていないのだろう、口を突いて出た言葉はあまりにも真っ直ぐでくすぐったい。幼い子にするように、絡めた指を撫でながら問う。会ってどうしたかったのか、と。当たり前の疑問だった。ただ自分勝手に彼を構っているだけの自分に会いたいなどと思った彼の気持ちが計り知れない。思いつく親しい人が自分しかいなかったのだろうか、それはそれで嬉しく思うが、だとしたら彼のこれからが心配だった。もう少し交友関係を広げるべきとも思うものの、彼の性格上少し難しいかもしれない、それに、

(わたしといる時点でだめか…)

皆が遠巻きにし恐れる魔女のお気に入り、というだけで人が寄り付くことは少ない。結局のところ、心配していると言いながら彼を絡めとり、腕の中に囲っている。少しずつ、ゆっくりと、与えられるものに慣れさせ、それがさも当然だと思わせる。傍にいるのは自分だと、植え付けていく。

「悪い魔女に捕まってしまったわね」

彼の頬を撫で、ひっそりと呟いた言葉に、不思議そうな視線を寄越した彼が薄く口を開く。何か言葉を探しているのだろう、小さく開閉する形の良い唇を見つめた。煌、と光にあたりきらめく双眸の奥に見えるのは恐怖でも困惑でもなく、安心そのもので、きっと彼は悪い魔女という言葉に対しても何とも思っていないのだろう。ただ、こちらに応えようとしているだけ。けれど、何も見つからなかったのか、絡めた指に力を入れ、僅かに眉を寄せただけだった。
気にしていない、と言う様に微笑み歩き出す。特に目的は無いがいつまでも外にいる気はない。大人しく隣を歩く彼の手は握ったままで、けれど、デートというよりは子供が迷子にならないよう繋いでいるという方が表すのは正しいだろう。今の自分は子供を手離したくない過干渉な親だ。それでも良いと言えてしまうあたり、この子に堕ちている。何がそうさせるのかは分からない。彼が幸せなら何でも良かった。長い時間の中で見付けたこの小さな光を、失くしたくない。

「魔女さん」
「なぁに?」
「また、会いたいです」
「いつでも会えると思うけど?」
「でも、先のことは分からないから」
「…だから、約束を?」
「約束があると、頑張れるから…」

いくらか街を見て回り、腰を落ち着けたいつもの喫茶店で口を開いた彼の言葉に首を傾げる。所属しているところは違うがいる場所は同じである上に、こちらは殆どが自由なのだから会うことは容易だった。勿論、彼もこのことを知っているはず。何故、と純粋な疑問から問えば、不安げな声が返ってくる。先の事ことはわからない、それは自分も内に抱えることだった。まるで、心の内を見透かされたかのような錯覚に陥る。おず、と見上げてくる幼い視線に、悟られぬよう微笑んだ。彼が安心出来るのなら何も苦なことはない。

「そう、約束、ね」

記憶の奥にあった約束のまじないを思い出して小指を差し出す。ひとつふたつ瞬いき、きょとりと幼い表情を見せる彼に笑みを深めながら机に置かれた手を取り小指を絡めた。ゆびきり、としっかり絡められた小指を揺する。もご、と口を動かした彼が小さく頷いた。




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