エントランスにあるベンチに腰掛け、マテリアを眺めていた頭上で影が掛かり、次いで聞き慣れた声に呼ばれ顔を上げる。人の気配には敏感な筈なのに、相手が彼となると途端に緩んでしまうらしい、と眼前の金髪に微笑みかけた。形の良い唇が微かに上がり、小さく動く。嬉しさを表したいのに上手く出来ないような、そんな不器用な笑みでこちらを見降ろしている。それがあまりにも可愛く思えて、忙しなく目を泳がせる彼の頬に手を伸ばして触れた。大人しく、されるがままの彼はゆるゆると口元を緩め鮮やかな瞳を細めている。もご、と唇が動く。まるで何かを食べているかのような仕草にゆっくりと瞬き、頬に添えていた手を離した。いつまでもここでこうしているわけにもいかず、離れた手をどことなく名残惜しそうに目で追う彼を呼び立ち上がる。場所を変えよう、と囁きビルを出た。鉄錆のにおいを運ぶ風に髪がさらわれ、決して良いとは言えない感覚に息を吐く。静かに話せる所へ、と後ろにいる彼の手を取り歩き出せば、何の疑問も持たずに従った。本当に、警戒心の無い雛チョコボのよう。
乱雑とした建物の間を歩きながら、彼に近状を尋ねる。たどたどしく話す小さな声に耳を傾け、間で相槌を打つ。訓練が厳い、上官が怖い、集団生活に慣れないなどと好意的とは言えない言葉に些か心配になった。それでも、目標の為に頑張る、やれるだけやる、としっかりした口調と様子を見せるので、応援してやねばとも思う。そう、とひとつ頷いたところで言葉を切った彼を振り返り、じ、とこちらを見つめる視線に気付き首を傾げてみせる。言葉無しに先を促した。
「魔女さんと、会えるから…嬉しい」
はにかむ様子のそれは可愛いこと可愛いこと。柄にもなく顔が緩んでしまいそうになるのを気付いていない彼はほんのりと染めた頬を隠すことなく、また、もご、と口を歪ませた。それから、返事が無いことを不思議に思ったのか僅かに首を傾げながら控えめに呼んだ。
「わたしと会えて、嬉しい?」
「うん。魔女さん優しくて、安心する」
不安を滲ませた双眸の奥に見えた色は安堵か、繋いだ手に視線を落とした彼が弱々しく呟く。しっかりと握られた手を確かめるように再度握り直しながら肩を竦める幼い子を引き寄せ、空いている方の手で頭を撫でる。兵士としてミッドガルに来てはいるが彼はまだ子供で、本来なら親の庇護下にあって当然ということに気付かされた。気丈に見せているが実際は優しくて寂しがりやで、不器用なのだろう。どのような目標があってここにいるのかは分からないが、そんな彼がひとりでこの街に来たのだから、きっと大切な約束の筈だ。けれど、それでも、ひとりという寂しさから無意識に心の支えを探していても可笑しくはない。そうだとしたら。
「クラウド。貴方には、わたしがいるから」
少しでも、この子が安心出来るようになれたら良い。自身の行動が、言葉が、彼に届くことを願う。子を想う母とはこのような気持ちなのだろうか。長い月日の中で見付けた小さな存在を見守ろうと、誰に言うでもなく心の中で思い微笑む。彼の一生を見届けても多くのお釣りがくる生を、彼の為に使うのも良いかもしれない。そう考えるほど惹かれていたのだろう。自然と口にした言葉に嘘偽りはなかった。
泳がせていた視線をこちらに向け、嬉しそうに眉を寄せた彼が頷く。その眼に、不安の色はもう無い。
人通りが極端に少ないとはいえいつまでも外でこうしているわけにもいかず、本当に嬉しいのか口をもごもごさせる彼の手を引いて歩き出す。賑やかとは遠い裏路地にある店は、ミッドガルに来てからずっと通っているところだった。ここでなら色々と話しが聞けるだろう。あまり知らない彼のことを聞けたら良い。
馴染みのない場所が珍しいのか、周りを見回すべく動く金糸の髪を微笑ましく思い口元を緩める。こうやって外に出ること自体そう無いのかもしれない彼は、しっかりと手を握りしめはぐれないようにしていた。好奇心もさることながら心配もあるのだろう。大丈夫、と云うように細い指を優しく撫でてやる。気付かれてしまった、とバツが悪そうな表情をするも、その瞳には安堵の色が見える。
「何かあっても、なくても、話してくれると嬉しいわ」
「魔女さんがいてくれると、凄い心強い」
「そんなこと言うの、クラウドだけよ」
屈託なく微笑む彼に苦笑する。返された言葉に、本当のことだとあれこれ懸命に口にする姿があまりにも可愛くて、ふわふわのその髪に手を伸ばした。