12

「クラウド、その人は誰?」

ハイウェイを駆け抜け兵から逃げきった先、バイクを降りて乱れた髪を整えている背中に届いた声に、当然のことだろうと納得する。果たして彼は何と言うだろうか、けれど、衝動からくる行動にすんなりと理由を見出せるだろうか。少し離れたところで様子を窺えば、彼は意外にもあっさりと、さして考える間もなく答えた。

「神羅にいたとき、よくしてくれた人だ。信用出来る」

あら、とひとつ瞬く。今の彼はあの頃の彼ではなく、誰か他の人格で形成されていることは分かっているが、それが誰なのかまでは分かっていない。しかし、その口ぶりから自分と交流のあった人物だと推測出来る。この場を乗り切るための出まかせとも考えられるため断言しかねるものの、一体誰、と考えているところで声を掛けられ意識をそちらに向けた。艶やかな黒い髪と蠱惑的な肉体を持ち、けれどそれを感じさせない清楚な雰囲気を纏うその子は、まだ少不安気な色の瞳をしている。いつものように微笑み首を傾げて見せれば、僅かに彼女の表情が和らいだ。

「あの、お名前は?」
「わたし?ええと…そう、ナマエ・ミョウジよ」

それこそ気の遠くなる時間、口にすることの無かった名前は、自分のものだというのにどこか違和感を抱いてしまう。そう、自分はそういう名前だったのだと半ば言い聞かせるように頭の中で反芻させる。答えたことで返すように名をくれる彼女の横から、ナマエ、と彼の声で呼ばれた。あの頃と同じ呼び方をされないことが、少し寂しく感じる。頬に手を当てしんみりと、皆と話し合うその後ろ姿を見つめた。しばらくそうしていたが、今後の話合いでも終わったのだろうか、彼らの視線が一斉にこちらに向いて、どうするのだと言葉無しに問われた。

「わたしは貴方についていくわ。だからあそこから連れ出したのでしょう?」

予想は出来ていたため驚くことなく応えれば、彼はひとつだけ頷いた。彼の真意は分からないが、あの時に手を取ったのは"彼"だと信じたい。かつての約束を思い浮かべ、気付かれないように後ろ手で拳を作る。焦がれていたぬくもりを思い出し、握り返された手が嘘ではないということを確かめるかのように。



「ねえ、クラウド」
「なんだ?」
「久しぶりね」

軽く身体を休めようと立ち止まったそこで、ひとりぼんやりと遠くを見る彼に歩み寄る。声を掛け、こちらを認識した際に、く、とその瞳の中心が変化する。まるで爬虫類を彷彿とさせる瞳孔は、こちらの記憶から宿主を探ろうとしているかのようで、正直なところ気分は良くない。そう易々とくれてやる優しさはなく、彼と親しかったという情報は読ませたが、それ以外は心の内に仕舞い込む。相手が人間でなくて残念でした、という微笑みが、自身に対して好意として向けられたものだと思ったらしい彼は数度瞬いて不思議そうな表情を見せて、それから直ぐ口角を上げた。ほんの僅かな笑みは、どこかぎこちない。
彼を取り戻さなくてはならないとは思うが、今はとても不安定であり、元々精神が強いわけでも無ければ上手く適合していたとも言い難いため下手に動くのは得策ではなかった。傍で様子を見ながら時を待つしかなかった。事情を知っているのは自分だけと云うこともあり、そうでなくとも"彼"との約束があるので、やはり選ぶ必要は無かった。最初から選択肢は1つしかない。

「約束、覚えてる?」
「…約束?」
「いいえ、なら良いの」

覚えていなくても。
少し考える素振りを見せる彼に、ほんの少し残念に思いながら微笑む。彼が心の奥に失くしてしまっていても、こちらが覚えているので何の問題もない。もう二度と会えないと思っていた大切な人が、どのような状況であれ手の届くところにいるということが何よりも自身の心を軽くした。漸く、しっかりと息が出来る感覚にそっと、息を吐く。それをどう捉えたのか、疲れたのかと気遣う彼に覗き込まれて、淡く光る魔晄の瞳の中に映る自分を見た。長く豊かな睫毛が縁取るそれが、ゆっくりと閉じて、また露わになる。柔らかだった頬を少し痩せたように感じつつも、精悍な顔つきに変わったこともあるか、と思いながら頬を撫でた。けれど、振り払われることはない。無意識に許してくれているのだろうか、そうだとしたら酷く喜ばしいことだと、また微笑んだ。




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