君の力になると誓う
訓練の帰りに噴水広場に差し掛かったあたりで掛けられた声に、珍しい人だと思いながらその声の主を振り返った。クラサメに一度紹介してもらったことのある彼は、いつもの様子に見えたが、けれどどこか覇気がない。あの時に見た強引さが少々薄いように見える。どうかしたのかと探るような視線に気付いたのか、普段の笑みを消して眉を寄せた。ここでは、と目線を逸らす彼に頷き、踵を返した背を追う。人のあまり通らない場所を選ぶということは何か大事なことなのだろう、人の寄り付かない墓地の片隅でそう思った。
向かい合うことからいくらかして、押し黙ったままの彼の言葉を待つ。眼鏡の奥、じ、と見つめる双眸が孕む真剣さは、こちらにどこまで伝えて良いのか決めあぐねているようにも見えた。何が言いたいのか分からないが、きっとクラサメのことなのだろう。それ以外に彼と自分の間には何もない。一度、実験を手伝ってくれないかと言われたことはあるが、丁重にお断りした。
「君に、頼みがある」
「クラサメのこと?」
「話が早くて助かるよ」
真剣な表情を崩した彼に曖昧に笑って見せ、先を促す。これから、何かよっぽどのことが起こるとでもいうのだろうか、そんな空気が流れていた。
「彼の味方でいてやってほしい」
「それは、どういう?」
「これから何があっても、彼の力になってくれ」
「それは、勿論……」
それは頼まれる前から自分の願いでもある。改めて、自分と約束してほしいというのだろうか。意図が読めず首を傾げて彼を見た。困惑を感じ取ったのだろう、苦笑した彼が距離を詰め見下ろしてくる。そっと伸ばされた手が肩に触れ、僅かに力が込められる。はっとして見上げた彼は何かを抱えている、そう確信したのは、その瞳が揺れているのに気付いたからだった。
「ナマエ、ちょっと良いか」
思い詰めた様子の彼に呼ばれひとつ頷く。今日はやけに歩みを止められるな、と見詰めてくるクラサメの元へ歩み寄る。きっと、想像している通りのことだろう、先ほどのカヅサとの話を思い返した。歩きながら話す、という彼の隣に並び、武装研へと足を向ける。何、と視線で問うた。
「俺のいない間、アオイのことを頼みたい」
「やっぱ、そういうことか」
「え?」
「カヅサのご両親、助けに行くんでしょ?」
何故そのことを、と隠しもしない彼につい笑みが漏れる。カヅサから貴方を頼まれているから、とは言えずそのまま微笑んで誤魔化す。少々腑に落ちないようだったが、言及する時間も惜しいと言わんばかりに研究室についた途端に武器の調整を行う彼の横で、任されました、と返す。その答えに安心した表情を浮かべた彼が口を開こうとしたところで駆け込んできた令嬢に気付き、一歩後ろへ引いた。
心配だから、不安だから、傍にいてほしいと懇願する彼女の言葉は、今の彼には届いていないようだった。言っても無駄だと言葉を飲み込んだ彼女が眉を寄せ、助けを求めるようにしてこちらを見たが、何も言うことは出来ない。今の状況と彼の為を思うなら止めるべきだが、彼の気持ちを思うと手を貸すしかなかった。もし、自分に何かもっと力があったのなら第三の選択肢を出せただろうが、今の自分にはどちらかを選ぶしかなかった。
「アオイ、彼女はナマエ。信用できる人だから、君の事を頼んである。彼女といてくれ」
「クラサメ、でも…私は…」
食い下がる彼女の言葉に、部屋に入ってきたらしい士官の声が割って入る。その言葉も、クラサメにとって耳に入るものではなかったが。出ていく彼を不安そうに見送る彼女を少しでも安心させるよう肩を抱き、そっと引き寄せる。大丈夫、と優しく撫でれば、僅かに微笑んだ。
「貴女くらいならどうとでもなる、か」
「ウルシ士官?」
冷ややかな声に反応が遅れた。脇腹を掠めた鋭い気配に、令嬢を背後に庇いその場から距離をとる。得物を構える士官に、思ってもいない状況から判断が鈍った。悲鳴を上げる令嬢を抱き上げ大きく間を開けるも、身軽な士官は物ともしない。彼女に離れているよう言い、振り向きざま、背後に迫る気配へ蹴りを入れる。手応えはあまりない。あまりにも分が悪過ぎた。詰め寄る刃を弾き拳を出すも、脇腹に走る痛みに上手く力が入らない。歯を食いしばり魔力を練り上げ氷塊を作り出し距離を取らせ、彼女に問う隙を作る。返事は、なかった。