残る人達の思いとは
3組が、4人を残し壊滅したことはすぐ耳に入ってきた。色々と邪推する人は多かったが、それが何だと言うのか。彼らが生きていてくれた、それだけで充分であったし、それ以上望むことはなかった。生きて、ここにいる。彼の顔を、声を、仕草を、忘れていないという事実が、一番大切だった。
定期的に行っていた手合わせの後、隣に座り休息をとるクラサメを横目見る。組も違えば特別親しくもない自分が彼にかける言葉はなく、ただこうして訓練に付き合うだけだったが、それで少しでも気が紛れるのであればそれで良い。最初に顔を合わせた彼は酷く思いつめたように眉間に皺を寄せていた。気持ちの整理がまだ出来ていないのだろうと察することが出来る。彼の表情から、何か納得のいかないことがあったのだろう、とも。
深く息を吐いた彼が立ち上がったのを目で追い、振り返った青玉の双眸が見降ろしてくるのに首を傾げて応える。もう一戦だろうか、グローブを嵌め直しながら腰を上げ、一定の距離を取り拳を構えた。音の消えた中、互いの呼吸を探る空気が張り詰めるように充満する。模造刀を握る彼の手に力が入った。砂利を踏む音が嫌に大きく聞こえ、鼓膜を刺激する。ふ、と僅かに息を吐き踏み出す。最小の動きで顎を狙った拳は模造刀で防がれた。押し切ろうとする相手の鳩尾に膝を叩き込み、前のめりになる頭部に拳を打ち下ろすが、咄嗟の魔法で距離を取る。飛び退き、体勢を整えようと身体が動こうとした隙に刀身が視界を掠め右腕に打ち据えられた。咄嗟に防御に入るも重さの違いで簡単に吹き飛ばされてしまう。空中で受け身を取りながら、右腕の痺れを払うように腕を振る。間もなく詰め寄る彼の胸倉を掴み、勢いを利用して投げ飛ばした。着地と同時に地を蹴り、投げられ木に背中からぶつかる彼を追う。構えをとれない懐に潜り込み、心臓に当たる部分に掌を押し付け体重をかけた。と同じくして、ひたり、と首元に冷えた感覚がして動きを止める。
「魔法は禁止なのに…」
「悪い…つい」
「咄嗟の判断としては正解だけどね」
首筋に触れる氷塊に眉を寄せて口を開く。眼前の青を恨めしそうに見上げれば、困った表情を隠さない彼がいて溜め息が漏れた。危険を考え、真剣と魔法は禁止と言い出したのは彼の方だというのに、自分が使ってどうする。ゆっくりと離れ、服に着いた砂埃を払う。取り落としたらしい模造刀を拾い上げたところで、明るい声が耳に届いた。けれど、前に耳にした時よりも少し、沈んだ声色のように思える。
「クラサメ、こんなところにいた〜」
「ミワ、どうしたんだ?」
振り向いた先にいたのは彼のクラスメイトで、唯一残った他の3人で、きょとり、と目を丸くするクラサメに刀を返し今日はここまでにしようと笑いかける。きちんと受け取ったのを確認して帰ろうとしたが、声を掛けてきた女生徒に道を塞がれてしまった。見詰めてくる強い瞳に、どうすれば良いか分からず後ずさってしまい、背後に立っていた彼にぶつかる。引き気味になってしまったのに気付いたのか、片手を肩に置いて引き寄せながら、彼が女生徒を窘める。その行動に何か思うことがあったのか、眼前の彼女は大きな瞳を不満そうな色で染め、柔らかく滑らかな頬を膨らませた。腰に手をやり、訝しむように見上げられ若干居心地が悪い。他のふたりはどこか面白そうなものを見る様子でその場から動くことはせず静観している。まさに板挟みだった。ただでさえ、引き寄せられいっぱいいっぱいだと云うのに。
「ナマエは手合わせをしてくれているんだ」
「クラサメが女の子に頼むなんて珍しいこともあるんだ」
「彼女は強いからな」
言葉と同時に視線を向けられ苦笑する。彼女の反応から、彼に好意を抱いていることは一目瞭然だった。クラサメは手合わせをしていることを彼女たちに行っていなかったのだろう。だから、突然現れた女に警戒している。彼女が、彼に対するこちらの気持ちに気付いているのかは分からないが、敏い彼女のことなら直ぐに気付くだろう。図らずともライバルとなったが、争うつもりは毛頭ない。ただ手合わせをするだけの自分には、彼女たちのような絆や、特別な繋がりは何もないのだから。
「ええと、わたし、授業あるから…もう良い?」
我ながら苦しい言い訳だと思うが、素直なクラサメはすんなりと手を離してくれた。また、と手を振るのに応えてから他の人達に一礼する。逃げるように、というのは少し違うが、それでも、この場から早く立ち去ろうと足早に院を目指した。完全に見えなくなる前、何となしに振り返り、親し気に話す彼の姿を目にして安堵の息を吐く。先ほどまでの、思いつめるような色は彼にはもう無かった。