ほんの、期待を

日が過ぎ年が明け婚約は事実に変わり、晴れて夫婦となった。目出度いと口にする者は多いが果たして本当にそうだろうか。所謂、上辺だけでしかないお家の為の婚姻は、当人達の気持ちなど無かったのだから。だからこそ目出度いと祝い誤魔化そうと、少しでもそう見せようとするのか、贈られた品々を見詰めながら息を吐く。とはいえ、何がどうであれただ只管に彼を支えるだけだ。
信長様の小姓である為に家に戻ることのない彼と暮らすことはなく、結局のところ前と変わる事無く一人でいなければいけないのである。嫁いだ身故、森家に居ることになるが、いくら家族になったとは言え勝手知らぬ家に一人と云うのは些か心細いものがあった。義父上様や義母上様達がとても良くしてくれるので居心地の悪さは殆ど感じられないのが唯一の救いだ。つらつらと考えながら贈られた物を箱から取り出しては片付け、を繰り返していれば廊下を歩く音が聞こえ、侍女でも義父上様のものでもないそれに首を傾げる。きっと用はここでは無いだろうと片付ける手を再度動かし、残った大きな箱に手を掛けた。大きな、と言えど部屋を占領する程のものではなく、自身の腹部くらいの高さと幅だ。この様に豪華なものを贈れる人に心当たりは多くない。信長様であろう、とその箱を開けようとしたところで障子の向こうに止まった気配に振り返った。控え目に入室を伺うその人を拒む理由などある筈もなく、二つ返事で室へと招く。切り揃えられた艶やかな髪を揺らす彼は眉を寄せ申し訳なさそうな表情をしていた。


「たまには会いに行くよう信長様に言われて…変わりはないか、なまえ」
「あらまあ…はい、とても良くして頂いております」
「なら良かった」


どう接して良いのか分からないのであろう彼は視線を泳がせ、膝の上の拳に少し、力を入れた。まだ年端もゆかぬのだから無理もない。年が変わらぬ分、何を思っているのかが大体同じが故に感じ取ることは出来た。自身の事は気にすることなく、と言えど彼の性格からして難しいだろうて、ならばこちらから彼にそう思わせれば良いだけだった。気にかけてもらうことなど、無くとも良いのである。


「旦那様、なまえのことで気を悩ますことは有りません。信長様の為に修羅になって下さいまし」
「しかし、なまえ……」
「なまえも共に修羅となります。これで同士、何を気に病む必要が有りましょう?」
「……すまない、蘭は…」
「謝罪も、それ以上も要りませぬ。応えは戦場で示すのみにはございませんか?」
「そう…だな」


少しだけ表情を緩ませた彼にそっと頬を緩める。強張りが解けたのか肩の力を抜いた彼は腰を上げ、贈られた品に手を伸ばした。鮮やかな着物を広げ、細やかな装飾の施された髪飾りを手に取り、などと次へ次へと目を遣る姿は微笑ましい。ふ、と笑みを零してから開ける途中であった箱を開ける。香が入っているのか、少しだけ甘やかな香りのするそこから中身を取り出していく。これをあの信長様が用意したと言うのだから些か想像が出来ない。玻璃の器は南蛮からだろうか、物珍しいものばかりが箱から出てくる。礼は戦場で、というのは彼だけへの言葉ではなく、自分自身へのものでもあったのだ。意志も決意も全て、示すのは此処ではない。拳を作り静かに目を閉じる。深く息を吐けば心は直ぐに凪ぎ、考えるのは目の前のただ一人のこと。妻として最後まで支え抜くことを誓い心に秘め、不思議そうに見詰めてくる彼に微笑んでみせた。大きな双眸を丸くした彼だが、何でもないと首を横に振れば小さく頷き、品を仕舞うべく背を向ける。周りから見れば小さなその背中、自身から見れば大きなその背中を、非力なこの手でどこまで支える事が出来るだろうか。手の平に目を落とし唇を噛み締めながらぼんやりと思うが、ここで悩み負へと向かうよりも行動に移した方が何よりも良い。やれるところまでやり、それで駄目ならそれ以上にやれば良いのである。
美しい髪から垣間見える横顔を見詰め、自身の胸に手を当てながら頷いた。


「なまえ、これらの品々はどうする?」
「こちらで片付けておきます。お疲れでしょう?旦那様はお休み下さいまし」
「では、その言葉に甘えよう」


立ち上がった彼に頭を下げて見送る。何か言いたげにこちらを振り返った彼だったが、結局は何も言うことなく室を後にした。この通り、夜を共にすることもなく、常に別室での生活ではあるが何ら問題はない。お互いにそのつもりは全く考えに無いのである。今はただ、主君の為に力を振るい修羅となることが最優先であるからして、そのようなことは二の次どころか最初から抹消されている。また、好意も何もない相手にそういった気が起きることなど有り得ない。全てを割り切れる程大人ではないのだ。
けれどいつか、少しでも気を向けてもらえる様になれば、と微かに期待を持ちながら、あの人に似た色の玻璃の器を撫でた。





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