離れ離れ
「断界殻が……」
「クロノス?」
全て繋がった、と云うのはこの事だった。ずっと引っ掛かっていた何かが、ぽろり、といとも簡単に取れた、そんな感じ。
クルスニクの槍に貫かれた空から現れたのは、得体の知れない、未知の存在だけでは無かったのだ。いや、私以外の、その場にいる人達にはそうでしかなかったけれど、私にとっては違う。裂けた穴から流れ込み続けるのは数々の、私の中で欠けていた記憶。リーゼ・マクシアよりも遥かに多く、長い世界の記憶は、いつだったかカン・バルクで見たものと同じだった。これの事か、と掠れる意識を必死に繋ぎ止めながら、その世界、エレンピオスの時間を手繰る。精霊を殺す事でしか生きていけない世界はあまりにも寂しすぎて、生を感じる事が出来ない大地は酷く無機質だ。これが、彼らの、ジランドやアルヴィンさんの故郷。なんて、なんて冷たい世界だろうか。そこに生きる人々の想いは伝わるのに、世界の意思は全くと言って良いほど伝わってこない。ただ、大地に眠る、精霊の声が、ひっそりと聞こえただけだった。
「エリーゼ!!」
そんな、記憶に埋もれる私を引き戻したのはミラのエリーゼちゃんを呼ぶの叫び声。ぼんやりと、現実味が薄れていた意識が一気に覚醒する。エレンピオスの兵であろう人に連れ去られようとしているエリーゼちゃんを、未だガイアス王に抱えられたままの視界に捉えた。そんな彼女の元に、気付いたら足が向かっていたのは言わずもがなである。引き止めるガイアス王の静止を聞かぬ振りをして、兵士に勢い任せに体当たりをかまし、怯んだ隙にティポを取り返して、そのままの勢いでエリーゼちゃんを抱える兵の鳩尾に蹴りを入れ、緩んだ隙にエリーゼちゃんを抱き込む。しっかりと抱きしめながら彼女を庇い、私は振り下ろされた兵士の攻撃を受け止めた。
受け止める、と言うよりも、時を止めた、と言った方が正しいのだけれど。咄嗟の事すぎて上手く力が発動しない。駆け寄ってくるジュード君とアルヴィンさんが見えたが、間に合わない。腕の中にいるエリーゼちゃんを窺ってから兵士を振り返れば、大柄な男性が振るった武器に、吹き飛ばされた所だった。彼は、私を見下ろしながら武器を握り返す。何も言わないけれど、彼が何をしようとしているか、直ぐに分かった。刺し違えてでも、ガイアス王や、エリーゼちゃんを守ろうとしているのだ。その覚悟は、もう、決まっているみたいだった。そっとエリーゼちゃんの肩に触れながら、ジャオさんは彼女を呼ぶ。ゆっくりと目を覚ましたエリーゼちゃんは大層驚いた様子で私の手を握った。必死にしがみつくエリーゼちゃんの背を、私は撫でてあげる事しか出来なかった。
それから何があったのか、なんて、口では説明しきれない事ばかりだ。目まぐるしく変化する状況に対応するので必死だったのだ。全てを要領良く理解するなんて、私には無理だった。私はまだ、未熟すぎる。子供だけれど違う、人間だけどそうでない、そんな、ちぐはぐな私はまだ不安定すぎて、キャパシティオーバー。はらはらととめどなく流れる涙はどうしてだったか。ただ、ジュード君に痛いくらいに握られた右手の感覚が、やけにリアルだった。
何が合図か、脱兎の如くその場から逃げた私達は、爆発に遭ったそれだけは、鮮明に思い出せる。
「ジュード君、しっかりして、ジュード君」
完全に気を失っている彼に、私の声は聞こえない。病的なまでに白くなっている肌が目立つ。頬に手を当てながら肩を叩いてみても反応は無かった。
あの時、無意識なんだろうか、私を抱き込む形で守り、爆発に飲み込まれたジュード君と、守られた私は、爆発地点からだいぶ離れた場所に倒れていたのだ。
死んだように動かない彼に触れながら、外傷が無いか調べていれば、数人の気配と、足音が近付いて、私は咄嗟にジュード君へと身を寄せる。もし、アルクノアだった場合、どうにかしてでもジュード君は守らなければいけない。私は2度、彼に命を助けられた。だから、今度は私の番だ。そう、覚悟していたけれど、姿を見せたのは予想に反してガイアス王達だった。私を見て、少しだけ目を見開いた彼はすぐ傍に立って手を伸ばしてくる。悪く思わないでちょうだいね、とプレザさんの唇が動いた。
「無事だったか」
「…はい」
「そうか……」
何かを考えてると思えば、そのまま腕を取られジュードくんから引き離される。人間一人を軽々と片手で抱えるなど、やはりこの人は私の常識から逸脱していると思った。彼の意図が読めないが、それよりもジュードくんから離された事に抗議の目を向けるも一刀両断、大人しくしていろと言った視線が送られる。仕方なしに口を噤み、彼にされるがままになっていれば、エレンピオスの兵がやって来る気配にそちらへと顔を向けた。彼等が気付かない筈もなく、目配せを一つして物陰に隠れるものだから流石に抗議の声を上げる。ジュードくんを放置とは如何なものか、と。しかしそれも黙殺され、終いにはガイアス王の手で口を塞がれる。一体、この人は何がしたいのだろうか。
「てめぇは黙って大人しくしてろ!!」
「アグリアちゃんてほんと容赦無いよね」
「ごめんなさいね」
「あ、いやプレザさんが謝る事では…」