飛竜と空

「二千年以上見てきた」

そう言うミラの声色は淡々としていて、むしろ冷たいくらいだった。あまり感情を乱さない彼女のこういった声を私は良く知っている。口を噤んだガイアス王が小さく目を見開く。
意見の言い合い、というかなんというか。私には、ただ、我を通したいだけの不毛な言い合いだと思った。人の想いや考えは、他人に測れやしない。口にした所で、自身とそぐわないものは否定するのが人間だ。ミラもそれを知らないわけじゃないのに、言い返すものだから収集がつかなくなる。今回の事は双方決して譲れないものが有るから仕方ないのだけれど。だけれど、自身の思想を一方的に押し付けて通そうと云うのは良い事ではない。が、上に立つ人間には多少なりとも強引でなければならないと思うから、一概に強制するな、とは言えないな、なんて思った。

ガイアス王の言い分も、ミラやジュード君の言い分も、間違いなんて何処にも無かった。"想い"に間違いは無いのだから、頑なに拒むのは如何なものか。一方通行では駄目なのだ。
クロノスだって、二千年以上見てきた。いつだって押し付けてばかりだった。リーゼ・マクシアも、あの世界も。そう考えて止まる。あの世界とは何か。私には全くもって覚えがない。リーゼ・マクシアしか、知らない筈なのに。もしかして私は、大切な事を忘れているのでは、そんな考えが頭を過ぎる。問い掛けても、クロノスは答えてくれない。


「ミラ、もうよそう、無意味だよ。それじゃあ何も変わらない。昔からそうだったでしょ?」
「おい娘。お前は何者だ」


鋭利な刃物を思わせる、酷く鋭い声に、ミラへと伸ばしかけた手が止まる。眼力で人を殺せるんじゃないかと思わせる様な紅蓮の瞳を持つガイアス王は、まるで私を品定めしているようだった。ただ、興味が有るだけじゃない、そんな気がする。ミラよりも濃く深い色の双眸が私の青と、ひたり、合わさる。


「私が…誰だとしても、貴方には関係ないと思いマス」


つい、と顔を背ければ、何やら慌てた様子のジュード君とレイアちゃんが見えて、少し可笑しかった。別に、私がどんな振る舞いをしようと、ガイアス王は何も言わないだろう。そんな細かい事を一々気にするような人には思えない。何も言わないガイアス王を見れば、彼の口元は少しだけ面白そうに歪めて、喉の奥で笑った。別に、面白い事を言った覚えは無いのだけれど。首を傾げて後ろ手を組んだら、彼にもう一度問われた。


「では、質問を変える。名前は」
「ハイデベルク=クロノスって呼ばれてる」
「クロノス…成る程な」


面白い、と聞こえて来そうな彼に、嫌な予感しか無いのは何故だろう。嗚呼、道具を見る目だからか。いや、玩具、と言った方が適切かもしれない。幼い子が、お気に入りの玩具を見つけたような、そんな感じ。何を企んでいるのか知らないけれど、私は彼の玩具になる気なんて更々無い。私は、私の意思で動くだけだ。


嗚呼やはりか、とガイアス王の方へと歩いていくアルヴィンさんに溜め息を吐いた。そんなことだろうと思ってはいたが、よくもまあ飽きないものだ。必要だと言うから何も言わないが、やりすぎは良くないとあれほど心の中で言ったと云うのに彼ときたら、なんて首を横に振った。とんとんと話が進む中、駆け込んできた女性に視線を向ける。キジル海瀑でミラを攻撃した、アルヴィンさんと痴情の縺れがある人だ。それはさておき、彼女は襲われたハ・ミルに大精霊の力の痕跡があったと言ったが、四大が使えない云々よりもまず先に彼等の力が作用下ならばまっ先にミラが気付くだろうし、私も気付く。しかしそれが無いとなると云うのなら答えはクルスニクの槍しかない。怒りを顕にするミラを他所にガイアス王は兵を挙げると告げ、それから、此方を一瞥してから王座を離れ奥へと消えた。残された片腕のお兄さんの視線に、良い予感はしない、と肩を竦めた。
集まる兵に、先手を打っていたローエンさんがエリーゼちゃんを呼んだ。先程、謁見の前に預けておいたティポくんが兵の腕から抜け出し、動揺する兵の頭を殴った。通り過ぎざまにミラに蹴り倒され、散々だなと思う。アルヴィンさんに引き止められながら。ここ、重要ね。


「お嬢様は危ないから後で俺とな」
「危ないの否定出来ないのが悔しいですね」
「またまたぁ。思ってもないくせに」


そう耳打ちされながら盛大な溜め息を吐く。今頃、ジュードくんが慌てている頃だろう。後で怒られるかもしれないと思うと憂鬱だ。隣にいるジャオさんに頭を撫でられて少し凹んだ。可哀想と思われているだなんて、なんてこった。
そろそろかな、と呟いたアルヴィンさんに連れられ城を出る。もう誰もいない門の前には戦闘の跡が残っていた。ミラ達は無事に逃げ切れただろうか。彼女達を捜すアルヴィンさんの背を眺め、ついて来てしまったジャオさんの魔物の頭を撫でる。完璧に懐かれてしまったな、これは。



彼女達の後を追うようにして戻ったシャン・ドゥでは、それはもう凄い勢いで怒られた。私の所為ではなと言いたかったが、そう云う間も無くジュードくんが畳み掛けてくる。愛想笑いで躱していたら先にジュードくんが折れてくれた。その矛先はアルヴィンさんの方へと向いたが、なに気にする事はない。のらりくらりとジュードくんの言葉を躱すアルヴィンさんを見る。信じてくれているのは知っている。その言葉の裏にある意味に、彼等は気付いているのだろうか。知っている、けれど嘘は止めないよ、私にはそんな言葉が聞こえた気がした。
腑に落ちない、といった様子の皆にアルヴィンさんはただ笑っていた。これ以上ここでこうしている時間は勿体無いだろう、とミラに早く先に進もうと言えば、彼女はそっと頷いた。そう云えば、ついて来てしまった魔物はシャン・ドゥに着くまでの護衛だったようで、トンネルの前でお別れしました。


「借りれるワイバーンは4頭だ」
「誰かが一人で乗らなければなりませんね」


久しぶりに会うワイバーンの頭を撫でてやりながら首を傾げる。何を悩む必要があろうか。レイアちゃんとエリーゼちゃんが誰かと一緒なのは明白である。そそっかしいレイアちゃんは不安であるし、ワイバーンに対して大きな恐怖心を抱くエリーゼちゃんはもっての他。幼いこともあるのでアルヴィンさんと一緒が妥当だろう。そうなるとレイアちゃんは落ち着いた判断の出来るローエンさんと組むのがベスト。残る3人の分け方は言うまでもない。このワイバーンは私を乗せる気であるとなれば、答えは一つだった。


「私が一人で乗るね、ミラ」
「良いのか?」
「うん。この子は私を落としたりしない」
「ならそうしよう」


至極あっさりと承諾が得られたのはミラが私を信頼しきっているからだろう。ミラが良いと言うなら他の皆は何も言わないだろうて、後はその中でも人一倍心配性なジュードくんを説き伏せるだけだ。眉を寄せるジュードくんに視線を向け笑ってみせる。一瞬だけ瞳が揺れ、何か言おうと口を開いた彼だったが、何も言うことなく口を閉ざし視線を逸らされてしまったものだから、些か驚いた。彼の事だから止めると思ったのだが、それが無いと云うことは私の行動に諦めが出てきたということか。俯く彼に首を傾げる。数度瞬いてから、彼の後ろのローエンさんが苦笑しているのに気付いて其方を見れば、目でミラを指されて、また首を捻った。ミラが関係しているのか、と問う前にレイアちゃんが腰に手を当てたまま肩を竦めてみせる。仕方ないんだから、と言っている様に見えた。


「あんまりしつこく心配すると嫌われちゃうよ」
「え?」
「ってミラがジュードに言ったの。さっき別れてる時に」
「ちょっ、レイア!」
「私、気にしないよ?」
「ハイディ…そんなあっさっり…」
「気にかけてもらえるの、嬉しいよ」

そう言って微笑めば、虚を突かれたかの様に目を丸くしたジュードくんが頬を赤らめるものだから、可愛いなと思っていたら気付いた彼に睨まれてしまった。



ワイバーンが地を蹴り、身体に加わる浮遊感に、心臓が締め付けられるかの様な何とも言えない感覚に目を閉じる。ジェットコースターで急降下する時に感じるようなあれだ。轡を握り締め、ワイバーンの背から首元の辺りに顔を寄せた。少しすればその感覚も薄れ、そっと肩の力を抜く。風を斬る音に紛れて皆の焦る声が聞こえ、其方の方に目を向ければ、必死に轡を握りバランズを取る姿が見えた。いくら調教されていようと、慣れない者が轡を握るのは危なく、乗りこなすのにも時間が掛かると云うことか。あのミラですら手古摺っているのだから相当なのだろう。振り落とされないようにミラにしがみつくジュードくんと目が合った気がして、ワイバーンを寄せた。後ろから、お嬢様ってば余裕そうね、なんて茶化すアルヴィンさんの声が聞こえたので手を振っておいた。
先頭を行くミラの後ろに並び雲を抜ければ、眩い光が眼を刺激し、鮮やかな青が眼前に広がる。澄んだ空気の中で輝く七色の光が空を覆う光景は息を飲むほど美しい。下に見える、クリームを泡立てた様に柔らかな雲に口元を緩め、気の抜けた声が漏れた。ふわり、と風が抜ける。相変わらず私を揺らすことはなかったが、流れる空気をしっかりと感じた。幾分かその光景に心を奪われていたが、何かに気付いた様子のアルヴィンさんが下へと視線を巡らすのに習い、雲に視線を投げる。薄ら見えた影に目を凝らし、不安げに嘶くワイバーンの首元を撫で、轡を握り直した。
雲を押し上げ姿を見せた巨体は鋭い爪を光らせ大きく咆哮する。軽く溜め息を吐きながら、どうして何事も無く物事が進まないのだろうかと首を捻る。一歩踏み出せば一つ事件にぶち当たるこの状況に辟易してきたが、ミラといる限り尽きることは無いのだろうな、とワイバーンを急降下させた。
巨体を誇る魔物は素早い上に火を吐く事も出来るらしく、被弾したミラとジュードくんの乗るワイバーンが落ちていくのを見やり、半ば無理矢理ワイバーンを方向転換させ、魔物の注意を引くべくミラの後を追う皆から離れる。彼らが体勢を立て直すのに時間が必要なのは明白であり、時間を作れるのは私しかいなかった。ごめんね、の呟きに応えたワイバーンが速度を上げた。

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