鳥と巫子

新しく加わったレイアちゃんはムードメーカーと云うか何と云うか、直ぐに溶け込み今はエリーゼちゃんと交流を深めている。その姿を後ろから眺めながら、隣を歩くアルヴィンさんを横目見た。先程から空を気にしている様に見えたので、何かあるのだろうと思う。聞いたとしても上手い具合にはぐらかされてしまう事は目に見えているので何も言わないが。他の人達が気付いているかと言えば、それは否だ。一番後ろにいるからして、誰一人彼の様子を気取る人はいない。


整備などされている筈もない荒野を暫く行った所で空に見えた白い何かに目を細める。優雅に羽ばたく、とまではいかないが、自由に空を泳ぐように近付いてきた白の正体はシルフモドキと云う鳥で、どうやらアルヴィンさんの子らしい。彼が気にしていたのはこの子だったのか、と一人頷く。自身の腕に舞い降りたシルフモドキが運んできた手紙を一瞥して、彼は申し訳なさそうに、時間をくれないか、と言った。それならついでに休憩にしよう、と云う事になり、水分補給をさせなければとエリーゼちゃんに水筒を渡す。その後ろで何やら勘繰ろうとしているレイアちゃんと、律儀にもそれに付き合っているジュードくんの会話が耳に届いた。何でも良いじゃないか、と思ったのはここだけの秘密だ。

腕を組み、周りを警戒するミラにも水筒を回して後ろ手を組む。足元の石や砂を見詰め、爪先で小さく地面を叩いた。聞こえた羽音に、来たときと同じ様に空に戻っていく白色を目で追い、見えなくなるまで見上げていたら、傍に来たアルヴィンさんの手が軽く頭を叩いた。彼の手を頭に乗せたまま目を向ければ、笑いを堪えるレッドジルコンの双眸と視線が絡んだ。そっと細められたそれに見えるのはからかいの色。何か言われる前に割って入ったミラが首を傾げてアルヴィンさんに問うた。


「もう良いのか?」
「ああ。悪いな」
「構わん。ハイデベルク、来い」
「うん」


呼ばれ手招かれるままにミラの隣に並ぶ。どことなく満足気な顔をする彼女に苦笑して、それからアルヴィンさんに振り返って肩を竦める仕草をしてみせた。その意図する事に気付いた彼は首を横に振ってから、右肩を上げて笑う。それにもう一度苦笑して、ミラに視線を戻す。このやりとりを不思議そうに見ていた年下組に、ローエンさんが笑みを深くした。後ろを気にすることをしないミラが、自身を見る視線に気付いたらしく、歩みを止めて振り返り目を瞬かせる。そんな彼女の隣に並んで、何でもないよ、と背中に手を添えれば、口元を少しだけ緩めたミラは何事も無かったかの様に歩きだした。大分、彼女の扱い方が分かってきた気がする。



場を盛り上げようとしてくれているのか素なのか分からないが、きっと後者なのだろうレイアちゃんの声が良く聞こえて、それに釣られて魔物が寄ってくるこの状況を何とかして欲しい、と思いながら歩みを進める。もう少し声のトーンを落としてくれると良いのだけれど。ジュード君が何とかしようとしているみたいだが、正直言って意味が無い。年の割に落ち着きが無いな、なんて思っていたら空から誰かが降ってきた。今日は空からの訪問者が多い。空から降ってくる人など心当たりは一人しか居ないので特に驚くことは無かったが。

相変わらずの様子で話し始めるイバル君に、振り向かないミラがひっそりと溜め息を吐いた。首を傾げて見上げれば、気にすることはない、と彼女は微笑んだ。一方的な話をするイバル君は人の話を完全に跳ね除けてしまっている。それだけミラが大切なのだろう。しかしそれを良く思わないのであろうレイアちゃんは眉を寄せて、何やらジュード君に耳打ちしていた。ジュード君は苦笑するしか無いようで、彼の口からは乾いた笑いしか出で来ない。

偽物、とイバル君がジュード君に吠えた。その瞬間、ミラの肩が微かに動いた。彼は今、確実にミラの地雷を踏んだに違いない。自身を歩けるようにしてくれた人を悪く言ったのだから当然と言えば当然だろう。顔にも口にも出さずに、私は心の中で肩を竦めて息を吐いた。空気が読めないというのもここまで来ると庇う気も失せると云うものだ。後ろにいた筈のイバル君が、いつの間にかミラの前に土下座しているのを見下ろしながら、後ろ手を組んで瞬いた。ミラの言葉に顔を上げた視線の先にいた巨体とそれの鳴き声に瞠目して、咄嗟にミラの腕に触れる。同じように気付いたミラが顔を険しくして叫んだ。それと同時に伸びてきた腕に引き寄せられ、無惨にも轢かれたイバル君を通り過ぎ、後ろに回っ た魔物から守る様に背に庇われる。私の前、黒い髪が風に揺れて、きつく前を見据える琥珀色の持ち主が拳を構えて体勢を低くした。

邪魔にならない様に、と後ろに下がれば、視線を寄越したミラが頷く。それから、目でイバル君を示した。何かあった場合に守ってくれるだろうから傍にいろ、と云うことだろう。


「気を付けて」
「ああ、大丈夫だ」
「ちゃんと後ろにいてね、ハイディ」
「うん」


不敵に笑うミラと、余裕そうに口の端を上げたアルヴィンさんが巨体に突っ込んだ。詠唱を始める後衛二人と、サポートに回るジュード君とレイアちゃんの背を視界に入れつつ、未だ地面で伸びているイバル君の横で息を殺す。あの魔物のお陰で他の魔物が寄って来ない状況ではあるが、何が起きるか分からない。もしもの際は彼を叩き起す事にするのは明白だった。言い方は悪いが、彼なら喜んで守ってくれると思う。





巨体故に普通の魔物よりも体力と持久力に優れているのか、長い戦闘の末に地に臥した魔物を見下ろしながらミラは眉間に皺を寄せた。同じように苦い顔をしている皆が話し込んでいる内に目が覚めたイバル君が飛び起きて、声を掛ける間も無くローエンさんを指差して、ざまあみろ、とでも言うように口を開いた。起きたばかりでよくやるな、なんて感想を抱きながら立ち上がる。得意気な彼に、どこにそんな要素があるのだろうかと思ったが、私には分からないだけなのかもしれない。名案だ、とばかりに腰に手を当て胸を張るイバル君だったが、ミラに一刀両断されて項垂れた。そんな彼は、大切で仕方ないミラに他の案は無いかと問われてしまえば、答えるしか選択肢は残っていない。歯を食縛りながら 渋々答える彼には、一種同情の様な気持ちが湧いてくる。

ジュード君への嫉妬が手に取るように分かる彼は拳を作り、今にも地団駄を踏みそうな勢いでミラを見上げた。お礼を言われて少し治まりはしたものの、ミラの視線が逸れてしまえば直ぐ様ジュード君を睨みに掛かる。射殺すかの如くな視線を送るイバル君に対し、ジュード君は苦笑するばかり。その態度が益々怒らせる原因になっている事を当の本人は知らないのだろう。負の感情に肩を震わせ小さく呻くイバル君に構っている暇は無いのか、ミラは気にすることなく先に進もうとしている。いっそ清々しいほどだ。中々どうして、彼も報われない。頑張ってはいると思うのだが、それが空回りしているのだろうか。


「クロノス様、お気を付けて」
「ありがとう。イバル君も、あまり無茶はしないでね」
「お言葉、ありがとうございます」


歩き出そうとした背中に掛けられた言葉に振り返れば、一度目を合わせてから一礼するイバル君がいた。律儀に私にも気を遣ってくれる彼に頷いて笑う。更に頭を下げる彼を一瞥してから、小走りでミラの元に寄って隣に並んだ。またなにか仕出かさなければ良いのだけれど、なんて心配はきっと倍になった返ってくるに違いない。もしそれでミラが不利になるようだったら一発殴ってやろうと思う。それくらいしても罰は当たらない筈だ。


「ねぇ、ハイディって偉い人?」
「なんで?」
「だってさっきの人に様付けされてたし」
「勝手に言ってるだけだよ」
「えーそーかなぁ」


腑に落ちないらしいレイアちゃんは何やら考え込んで唸り続けている。しかし、本当に彼が勝手に言っていることなので他に言う事は無いし、わざわざ私の事を説明する必要も無いので無視しよう。逐一相手をしていたらキリがない事はル・ロンドで過ごした経験からよく分かっていた。まだ考えている彼女に苦笑して、不思議そうに見下ろしてくるミラの輝く双眸を見詰め返して目を細める。虚を突かれたみたいに目を見張る彼女だったが、口元を緩めて私の頬を指先で突いた。手袋の感触はあまり好きではないが、ミラなら致し方ないと思うのは彼女を贔屓しているからだろう。思ってもいなかったことに、今度はこちらが目を丸くする番だ。してやったり顔で微笑むミラの肩を叩けば、お返しとでも言う かのように鼻先を摘んでくるものだから、頭を振って抵抗してやった。


「こら、暴れるな」
「いーやー」
「全く、お前は…」
「先に手を出したのはミラだよ」
「お前だから良いんだ」
「なにそれ」


私に対して遠慮の欠片も無い彼女は、楽しそうに笑いながらも足を止めることは無い。歩幅が違うので、早足でついて行くのに気付いたミラが歩調を緩めてくれる。私が早足だったと云うことはエリーゼちゃんもついて行くのが必死だったに違い無いだろう。その事を伝えれば、次からは気を付けると言うが、きっと同じことを繰り返す事になるだろうと思った。物覚えは良い癖に、こういったことは直ぐに忘れるミラに、本当は分かっててやっているだろう、と聞きたかったが辞めた。どうせ変な目で見られるだけだ。


「あの二人って恋人同士みたいだよなー」
「ええ、とてもお似合いの二人ですな」
「……」


後ろでこんな会話がされていることと、複雑な表情で見詰めてくるジュード君がいただなんて、ミラと話す私はこれっぽっちも気付いていなかった。


どれくらい歩いただろう。変わらない景色に嫌気が差してきた頃に、少し遠くに見えた色の有るものに瞬く。壁に埋め込まれるようにして建てられている住居らしき建物に首を捻っていれば、肩を抱いてきたアルヴィンさんが笑いながらシャン・ドゥだと教えてくれた。知っている、なんて言えなくて、口を噤んだまま頷いた。離れて行った重みに小さく肩を回して首に手を当てる。疲れが見え始めていたエリーゼちゃんを気にかけていたジュード君の表情が明るくなった。それを視界の隅に入れ、新しい街だとはしゃぐレイアちゃんに苦笑した。またしても一波乱ありそうな予感しかしないのだが、それももう今更だろうて、なにが有っても何とかするしかない。ミラある所に事件あり、とでも良いのか、自然と足を早める皆を後ろから見詰めて溜め息を吐いた。


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