及川徹の奮闘2

※タイトルの通り。続いた


そう宣言したのが2週間ほど前なのだが、はっきり言って状況は全くもって何も変わってはいない。相変わらず本を読み続ける彼女の伏し目がちな視線は色っぽいし、俯き加減の所為で艶のある黒髪が滑り垣間見える真白のうなじからは目が離せなかった。眼鏡をかけ直す指の細さと白さが堪らないとも思うのは変わらない。そして何より、自分に対する態度の眼中に無さ具合がこれっぽっちも変化していないのである。ガッデム。何故、駄目なのだろうかという疑問が浮かぶばかり。それとなくアピールしても効果は薄く、寧ろ視線を向けることすらなかったため分かりやすくしているのだが、如何せん手応えは皆無どころかマイナスと言っても過言ではない。今まで周りにいなかったタイプで、というかそもそも周りに来る子達は正直言って好みのタイプではないし扱いが分かりやすいのばかりだったのだが、という訳で彼女はどうしたら良いのか検討がつかず、上手くいかないことがもどかしかった。だからこそ惹かれるのだろう、とまで考え頭を振った。自分はいつからマゾヒズム紛いのものを感じるようになったのだ、今はそうして彼女に惚れ直している場合ではなく自身をフッたことを後悔させることだろう、と心を締める。このまま上手く事が進んで彼女の方から告白してくれば思惑は大成功であるし、その時はフッた事を持ち出しつつも応えてやろう。
等と望み薄なことを企んでいるのにたった一人だけそれとなく気付いている岩泉は、そんなこと考えてる時点でお前の負けだ、と語るに違いない。


静かに入り込んだ風が黒い髪を浚い、邪魔になるそれを押さえる白魚のような華奢な指を目で追う。触れれば柔らかそうだとか、少し力を入れて握れば折れてしまいそうだとか、そうやって紙を捲る優しさで触れてくるのだろうか、とか考えてしまうから良くない。何とも言えず言葉にし難い気持ちを内に抱えたまま彼女の隣へと椅子を引き、手元の本を覗き込んでみた。小難しい文字ばかりのそれは、読めない訳ではないが進んで読みたいとは思えず、そう云えば先日は文庫本だったなと彼女の横顔を見詰める。


「文字追うの疲れない?」

「貴方は、バレーボールを追うのを、疲れたからと言ってやめる?」


視線を寄越すことなく間髪入れずに言われ返す言葉もない。思わず彼女の机に突っ伏したら心底邪魔そうな顔で大きく身体を引かれ余計に凹んだ。もう少しだけで良いから優しさが欲しい、と口には出さずに表情だけで訴えてみるも当の本人は目の前の本しか見ていない。ここまで綺麗に視界に入れて貰えないとこれ以上何をすれば良いと言うのか、まさに八方塞である。ああ、けれどこうして僅かながらも言葉を交わしてくれるようになった所は進歩かもしれないことに気付き、知らずの内に口角が上がっていく。少しだけ自信を取り戻した勢いで顔を上げた視線の先、こちらを見ていたらしい彼女の、太陽の光が薄らと入り込み緩く輝く双眸がそっと細められ、ふっくらとした桃色の唇が僅かに引き上げられるのが見えた。それは本当に僅かながらの微笑みで、今までに見た彼女の表情の中で一番胸の苦しくなるものだ。レンズの奥の、普段は文字を追う眼がしっかりとこちらを見詰め、その中にある色はいつも見せる興味の無いものとは違っている。やんわりと上げられた頬、緩められた唇にぶわりと肌が粟立つ。絶対に顔が赤くなっているが隠す暇も無かった。


「思っていたより、普通の男の人なのね」


そう言って首を傾げる彼女にやられたのは言うまでもない。純粋に告げられる言葉が、これ程までに破壊力を持っていたなんて知らなかった。そして何より、滅多に見ることの出来ない微笑み付きとくれば堪ったものではないのだ。惚れている方が負け、という言葉が脳裏を過ぎるが必死になって追い出した。これは、思っていたよりもやばいかもしれない。


「でも、負けない…」

「?…がんばって」




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