これだから君は

目の前で繰り広げられている公開告白に目が点になったのは仕方の無いことだと思う。本日3回目のそれに首を捻りながら友人と目を合わせた。空前の告白ブームなのだろうか。それとも占いに感化されたのか。どちらなのかは知らないが、他所でやれよ、と思う。いくらなんでも彼氏が自分の見てる前で告白されているのは誰だって見るに耐えないのだ。隣の友人も先ほど同じ目に会ったばかりなのだが、まさか自分もだとは思うまい。何とも言い難い気持ちに自然と顔が歪む。騒ぎ立てるギャラリーに紛れながら、持っていた紙パックのジュースを握り締めた。顔色を窺う友人を安心させるべく微笑んだのだが、余計に心配させてしまっただけだった。

気にしないと言えば嘘になってしまうが、なるべく気にしないようにしている。余裕のある、出来る女でいたいと思うのは当然だろう。だから、告白なんかでは動じないつもりだった。それなのに、実際になるとこうも嫌な気分になるとは思っていなかった。視線を落として溜め息を吐く。少し潰れたパックを視界に入れながら唇を噛んだ。
返事を待つ女生徒の足元だけを見詰め、騒ぐ周りの声に耳を傾ける。それは、良い返事を予想するものばかりで耳を塞ぎたくなった。確かに女生徒はとても可愛いと評判の後輩だ。読者モデルをやっていると聞いたこともある。勝ち目なんて無いじゃないか。誰かがそう言ったのが聞こえた。嫌だな、と思う。誰かにそう言われるのも、それに嫉妬するのも。

「すまないが、返事は"いいえ"だ」

はっきりと通る声で彼は言った。聞き慣れた、低いながらも涼やかな声に顔を上げる。悲しそうな表情で涙を耐える女生徒の前に立つ、表情の無い彼に目を向ければしっかりと目が合って、少し驚いた色を浮かべた。女生徒の友達であろう子達が彼女の肩を抱いて慰めているの声を耳に入れながら手の力を抜く。掛かっていた圧から解放された紙パックが軽い音を立てた。
女生徒を見向きもせず、気にもせずに歩いてくる彼は少しだけ困った顔をしながら私の頭を撫でた。無表情で冷たさを感じさせる、先程までの雰囲気は無い。いつも通りの優しい空気に、知らずのうちに強張っていた身体の力が抜けたのが分かった。息を吐く私に首を傾げて名前を呼んでくれた彼に安心した。

「タイミングが悪いな」
「そんなこと言われても」
「それもそうだ。すまない」
「冗談だよ。タイミングが悪いのは事実だし」

肩を竦めて首を横に振る。
いくら付き合っているとはいえ、他の子が告白するのを止める権利も咎める権利も無い。見たくないのなら自分から回避しなければならないと思っている。誰が誰と付き合っているのか、なんて皆がかならず知っているわけではないのだ。相手がいることを知らないまま告白するのは仕方ない。今回の後輩はこのパターンだろう。

彼から視線を外して女生徒達を見れば、強く睨まれてしまった。後で影で何か言われるかもしれないと考えると憂鬱だ。先輩に面と向かって文句を言う勇気を持っていないのか、はたまた精神的に追い詰めたいのか。どちらか皆目検討もつかないが、どちらにせよ良い気はしない。本気だと云うのなら真正面からぶつかってくれば良いのに。奪い取るつもりで張り合うことをしないのだろうか。本気ならそれくらいしろよ、と思う。とは言え、本当にやろうとする子は僅かしかいないのが事実だ。振り向いてくれたら、なんて淡い期待を持つ子が大半だ。

「さっき幸村君も告白されてた」
「精市も?」
「相手が可哀想だと思えるくらいばっさりと断ってたけど」
「あいつらしいな」
「告白ブーム?」
「予測に過ぎないが、全国大会が済み心も時間も余裕が出来た今が好機だと考えているのだろう」
「…あながち間違いではなさそう」
「どうして、そう思う」
「クラスでも女の子達が話してた…気がする」
「荒れるな」
「ああ、うん、幸村君か」

話を進める私達に着いてこようと必死に見上げてくる友人を二人で見下ろして頷き合う。幸村君をも魅了した大きくて丸い、硝子玉みたいな瞳を瞬かせて小首を傾げる小動物のような友人の頭を撫で、何でもない、と首を振った。何も知らなくて良い。何かあったら此方で対処するから。

「昼食は…」
「今からだよ」
「やはり。一緒にどうだ?」
「蓮の教室?」
「他の所が良いのなら、そちらにしよう」
「教室が良い、かな」
「分かった」

幸村君の所へ行く、と言った友人と別れて蓮の教室へ向かう。見目麗しい彼と歩いていると注目の的だ。悪い意味で。関係が気になるらしい女生徒の視線が多いが、茶化したがる男子生徒の好奇の視線も少なくはない。居心地が悪いと感じるのは彼も同じなようで、歩調を早める後ろを追った。しっかりと繋がれた手を握り返し、半ば駆け込んだ彼の教室で深く息を吐く。彼のクラスメイトは私達がお付き合いをしていることを知っているので、そこまで視線は強くない。

「人気者は大変だ」
「俺はお前さえいてくれれば、それだけで良いのだがな」
「蓮は御機嫌取りが上手いなぁ」
「お前は意地が悪くなった」
「色々とありましたから」
「俺の前では素直でいてほしいものだ」
「蓮が望むなら」

彼の前に座り、頬杖をつきながら笑う。苦笑に近いものを浮かべながら彼は手を伸ばし私の髪を掬った。それを視界の端に捉えながら、私は彼の頬を摘まんだ。男の癖に滑らかで柔らかい頬を引っ張ってやれば、仕返しとでも云うように髪を引かれた。地味に痛む頭皮に彼の頬から手を離して頭を押さえる。

「もう。パウンドケーキあげないよ。せっかく抹茶味にしたのに」
「先に手を出したのはそっちだろう。しかし、貰えないのは困るな」
「赤也君にあげてくるよ。丸井君でも良いけど」

やめてくれ、と。聞こえたのと同時に唇に触れた柔らかいものは彼の唇。掠めとるような一瞬の事に、気付いた私は机に突っ伏した。ここはどこだ。教室だ。してやったりと、悪びれる様子も無く私の頭を撫でる手を叩いて見上げる。悪戯が成功した子供のようにも見える彼は本当に御機嫌取りが上手いようだ。これだから困る。それで絆される私に、だ。

「本当、可愛いな」
「蓮に言われたくない」





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