引鉄と貴方
※芸能人パロ
ひたり、と普段は優しい温度の翡翠の双眸が冷たく細められ合わされる。緩く弧を描く形の良い唇とのアンバランスな雰囲気を全面に押し出した彼が手にする、鈍い光を称える黒い鉄塊は、彼の翡翠と共にこちらを捕らえていた。元より色白である彼の肌はより一層白く、手中の黒が際立つ。男の人にしては細く長い指が引鉄に添えられ、今この瞬間にも撃ち抜かれてしまうのではないのか等という緊張感が漂い、肌を刺す。色の無い冷めた瞳の、逸らされることのない視線は見慣れないこともある所為か、ほんの少し心が跳ねる。このような表情も出来るのか、どこか他人事の様に思いながら食い入るように見詰めた。彼には似合わない黒の鉄塊は存在を主張し、引鉄が弾かれるのを今かと静かに待っている。綺麗に切り揃えられた絹糸の如く流れる髪と涼やかな目元、貼り付けられた微笑みはどれを取っても美しく、なまじ整った顔をしている為に見蕩れてしまう。雰囲気のあるBGMのなか、口元が大きく抜き取られ色気を増した気のする唇が言葉を作り、音のないそれは見ている側の好きに解釈出来る仕様になっているらしい。次いで視点は引き上げられ、閉じられている双眸がゆっくりとその色を見せる。色を孕んだ真っ直ぐな視線、暗転した画面の次の瞬間に弾かれた引鉄がやけに遅く感じた気がした。
ふわ、と声を漏らしてソファに倒れ込む。新しいCMの撮影をしたと聞いてはいたが、普段とはまるで趣向を変えた雰囲気のそれに小さく高鳴る心臓を抑えようとクッションに顔を埋めていれば、余計に思い出してしまって良くない。まるで本当に射抜かれてしまうかのように錯覚してしまうのが自分だけではないだろう。それ程までに魅力的で、目の逸らせない色香を纏う翡翠の眼差し、滅多に見せない加虐を孕んだそれに肌が粟立つ感覚に身を震わせた。一人ソファでこの様になっているのは酷く滑稽で気持ち悪いことを自覚をしているがどうしようも無い。惚れた弱みか、何がどうして全てが格好良く見えてしまうのだから全くもって本当に救いようのない奴だと自分でも思う。彼に知られたら引かれるだろう、などと今頃は仕事に勤しんでいるであろうその人を考えた。それと同時に浮かぶ、あの薄ら笑んだ唇と怪しげに細められた双眸、引鉄に添えられた綺麗な指に、彼に撃ち抜いてもらえるのならそれも悪くはないかもしれない、と目を閉じる。けれど、あの優しい人が、そうしてくれるとは到底考えられず、自身の妄想の中でしか成立しえない。ドラマや小説で見かける、貴方になら殺されても良い感覚が、少しだけ分かった気がした。
番組の間、かならずと言っても良い程に流れる彼のCMは何度見ても引き込まれてしまい、他のことに気をまわしていなかったが為にいつの間にか来ていた背後の人物に気付くのが遅れてしまう。耳元で囁かれ、驚きに肩を跳ねさせて振り返れば、目を丸くした翡翠色がこちらを凝視していた。画面の向こうと同じ彼はふわりと微笑み、それから、ソファの端に腰を下ろす。
「何で、いるんですか……」
「会いたくなったので来てしまいました」
「唐突、ですね」
「道理かと」
彼の場所を作ろうと身体を丸め、抱えたクッションから顔を上げた。テレビからは例のCMが流れている。気付いた彼は気恥ずかしそうにしながら長い指で頬を掻き、少しだけ困ったように眉を寄せた。似ても似つかない雰囲気、仕草、纏う空気に瞬いていれば、当の本人はリモコンへと手を伸ばし、徐に電源ボタンを押した。自然とおとずれる静寂、注がれる視線に居心地の悪い思いをしながらも翡翠の瞳を見返し目の前の人を覗う。目が合えば微笑まれ、双眸が和らぐ。彼の形の良い指が伸ばされ目元を擽られ、身を捩り逃れ様とするも顔の横に手をつかれ覆い被さる体勢にされてしまえば、囚われ逃げることは敵わない。綺麗ではあるが、実際に触れれば感じる大きく節のある男性の手が、剥き出しの太腿を這う。明確な意思を持つそれの持ち主を見遣るも、笑顔で黙殺されてしまった。二人分の体重を受け止めるソファのスプリングが、鈍い音を立てた。
「どう、でしたか」
「何がですか?」
「見たのでしょう?」
「……あ、う、」
「まあ、その反応で大方察せましたよ」
至極嬉しそうな表情はテレビで見た、あの人を見下す様な冷やかなものからは全く想像が出来ない。本当に同一人物なのか疑ってしまう程には別人なのだ。翡翠から目を逸らすことの出来ないまま硬直していたが、猫にするみたく喉元を擽られてしまえば自然と頬が緩む。こうされるのは嫌いじゃなかった。
「あんな顔も出来るんですね」
「知りませんでした?…ああ、翠にする必要はありませんからねぇ」
「どうして?」
「それは…」
覆い被さられたまま彼の腕の中で俯せだった体勢を変え仰向けになりながら首を傾げる。薄ら笑むその人の首に腕を回し引き寄せ、そうしなくとも距離を詰める彼の唇が自分のものに重なるか否か、微かに触れながら告げられる言葉は、そっと口内に吹き込まれた。
「貴女を殺すのは、僕の愛ですから」