*第三者から見た話
この船には不思議な少女がいる。言葉の通じない変わった少女は、日がな一日を部屋で過ごし絵を描き、たまに部屋から出てきたと思えば軽食を作って早々に戻ってしまう。最近では何かと忙しい皆に代わって洗濯などしていたりするが、基本的に話や交流をする子ではないらしい。言葉が通じないのなら尚更だ。ディセンダーであるタルトとは言葉が通じるらしく、会話をしている所を多々目撃するし、タルト自身も彼女には特別な感情を抱いているようで、べったりと懐いているみたいだった。まるで仲の良い兄弟にも見える二人は一緒に居る事が多い。タルトが居なければ少女と意思の疎通は出来ないので、必然と云えばそうなのだが。
少女は酷く大人しい子だ。不審者として扱われていた時期もあった所為か、他人と接するのを苦手とし、食堂に出てきた際も何も言わず誰とも接触せずに淡々と作業をこなすのが常であり、表情の変化も乏しいからか、何を考えているのか全くもって分からない。長く艶のある黒髪に隠れた瞳も矢張り黒々としている。華奢な身体つきでもあり、直ぐに折れてしまいそうな弱々しい印象が抜けない。が、その見た目や性格に反してズボラな面もあるらしく、床一面が絵で埋め尽くされるまで黙々と絵を描き続けていた事もあったらしい。集中力もさることながら、少々無頓着な気がしなくもない。
『ミチタカ!聞いて聞いて!!』
『ちょ、タルト。落ち着いて、どうしたの』
噂をすれば何とやら。ちょうど食堂から出てきた少女に、依頼から帰ってきたタルトが飛びついた。たたらを踏む彼女を支えたのはクラトスで、まさか支えてもらえると思っていなかった彼女は目を丸くしてクラトスを見上げている。ぴっとりと腰に張り付いて離れようとしないタルトがにっこりと笑う。それに呆れたみたく溜め息を吐いたクラトスは少女の頭を一撫でして踵を返した。任務完了の報告に行ったのだろう。
頼り無さげな雰囲気と振る舞いに庇護欲が沸くのか、彼女を気にかける奴は中々に多かったりするのだ。あのリヒターですら心配そうに見ていたくらいなのだから。小さく華奢な身体で後ろをついて歩く様はまるで小動物だろう。小さく首を傾げる仕草も彼女を幼く見せる要因でしかない。あれでジュディスと同い年と言うのだから世の中とは不思議なものである。
じゃれつくタルトの口に菓子を突っ込んで黙らせた彼女は困った様に笑う。仕方ない、と言っているみたいだった。そんな、菓子を頬張って嬉しそうに身体を揺らすタルトに誰かが突っ込んだ。小さな弾丸はメルディだったようで、無邪気な笑顔で二人を見上げた。
「メルディも食べたいよ!!」
せがむメルディが少女に手を伸ばす。肩を竦めて微笑んだ少女に、菓子を数枚ほど乗せてもらったメルディはその場で飛び跳ねて笑みを深くする。空いた方の手を少女の手に絡め、強く握った。接触に慣れていない少女に、子供の無邪気な触れ合いは驚かせる事でしかなかったが、握り返してやるあたり他人が嫌いと云う訳ではなさそうだ。言葉が通じないから遠慮していると見ても良いだろう。確かに、彼女からの接触は無いが、こちらからアクションを起こせば反応は返してくれるようだ。問題は矢張り言葉か。これさえどうにかなれば、もっと他の奴らとも仲良く出来るだろう。
「ウィル、何してるの?覗き?」
「いや、そうでは無いが」
「あ、もしかしてウィルもミチタカのお菓子食べたかったんだね」
口を挟む間も無く去っていくタルトは何時までたっても人の話を聞かない奴だ。前はそうでもなかった筈なのだが、きっとミチタカがそうさせているんだろう。不思議な雰囲気を纏う彼女の前では気が緩むと云うかなんと云うか、何の蟠りも無く、気兼ねも無くいられる気がするとアスベル達が言っていた。その証拠に、通りかかったリオンまでも素直に菓子を受け取っているのだから。
「おいタルト、あまりこいつに迷惑を掛けるな」
「リ、リオンがそんなこと言うなんて」
俺の名前を呼びながら駆け寄ってくるタルトに溜め息が漏れる。嗚呼、もう、俺を巻き込まないでくれ。菓子の袋を手にしながら、しがみ付くタルロの頭をわし掴む。唇を尖らせたタルトに押し付けられた袋を受け取りつつ、頭から離した手で、でこピンを一発かましておいた。頬を膨らませて、ローズクォーツより少し濃い色の瞳を細めて額を押さえるタルトはミチタカのように幼く見えた。実の年齢が定かではないから知らないが、16やそこらの子がする表情ではない。
そのうち、何とかしてミチタカにタルトを甘やかすのを控えるようにしてもらわねばならないな。教育係になってもらうとしよう。ミチタカの言う事は素直に聞き入れるようだから。
そんな俺の考えなんて知らない彼女は、すっかり懐かれた様で、腰に抱きつくメルディの背に手を添えながら、リオンの隣で心配そうにタルトを見ている。
皆と話し合って、言葉を教える役割を決める事にしようと決めた。