タルトに手を引かれて食堂に入ったら一斉に視線を向けられて、思わずアスベル君の背中に隠れる様に寄る。ロイド君が、大丈夫だって、と笑っているけれど、私的には笑えないんだけど。君達からしてみれば仲間だから仲が良いかもしれないけれど、私に対してそれは有り得ない。部外者と認識されている以上はこういった形で視線を集めるのは少なくないし、おかしい訳でもない。普段はこんなに人が居る時間帯に食堂に来ないから、今日は疲れそう。精神的な意味で。でも、元の世界に帰るまでにこういった状況はまた有るだろうから慣れないといけない。私が我慢して、視線を気にしないでいれば良いだけ。此方が何もしなければ彼等も何かしてくる事は無いだろうし。
私が害を成す存在じゃないと理解してもらえたら良いな、なんて……なんてそんな事、彼等はとっくに分かっているだろう。伊達に大人しく引きこもってない。だったらどうして、なんて考えるのは随分前に止めた。答えは至極簡単な事。自分達と違う存在だから、だ。私が皆と違うから。違うものを排除し、嫌うのはきっとどの時代もどの世界も同じ事だと思う。
タルトは分かってて懐いてくれてるのかな。そうだと良いんだけれど。
(あ、お腹鳴った)
くるると主張する腹に手を当てて軽く摩る。そういえば今日は起きてからずっと絵を描いていたっけ。朝食なんて完璧にスルーしていた。どうりでお腹が空く訳だ。
今日のも美味しそうだね、と笑うタルトに応えながら席に着く。窓際の1番隅の席が私の定位置。待ってて、と私を座らせて食事を取りに行った3人の背を少し見て、窓の外に視線を移した。外の景色を眺めるのは癖になっているみたい。頬杖をついて意味も無く溜め息をついてみる。食べ終えたら何をしよう。絵の続きをやってから一寝入りしようかな。
『ミチタカ』
聞いたことの無い声に名前を呼ばれて、飛び上がるくらい驚いた。打ち付けた膝が、存外大きな音を響かせて。低く威圧感のある声は、私を驚かすには充分すぎる。地味に痛む膝を押さえながら声のする方を見た。壁かと思ってしまったくらいの大きな人…じゃなくて豹みたいな方が私を見下ろしている。
(人間…じゃないよね。もふもふ気持ちよさそう)
この世界にはこんな種族もいるなんて、益々不思議な世界だ、と再認識する。あ、でもこの方はどうして私の名前を知っているんだろう。会うのも初めてだし、そもそも何で話し掛けて来たんだろうか。メリットなんて無いと思うのに。
『どうかしたのか、ユージーン』
『ああ、アスベルか。いや、髪が邪魔じゃないかと思ってな』
2人分の食事をテーブルに置いて、アスベル君が私の隣に立った。その後ろに隠れるように身を寄せて、黒豹の彼を窺い見る。結い紐らしきものを持っているけれど、タルトがいないと彼等が何を言っているのかさっぱりだ。だから早く戻って来てほしいな、なんて思ったりしてるんだけれど…。
「(タルトは向こうで談笑中か)…っひ!」
タルトの方を見ていたら、いきなり首元に何かが触れて、驚いた私は肩を竦めた。少しだけ慌てる様なアスベル君の声に、首に触れたのが彼の手だというのに気付く。謝っているのであろう彼に大丈夫だと何とかして伝える。髪を結おうとしていたのか、彼は髪を一房手に手に取った状態で手を止めていた。気にしなくても良いのに、と他人事のように思った。この世界に来てからずっとそのままだったから、確かに髪は伸びているけど、他人が気にするくらい伸びていたなんて知らなかった。鏡を見ないからよく分からない。
弱く引かれるのを感じながら、アスベル君が弄りやすいように顔を上げたら、思いっ切り黒豹の彼と目が合った。けれど、もう怖いとは思わない。優しい目をした彼が小さく首を傾げた。なんだか父さんみたい。そう思いながらアスベル君が髪を梳くのに身を任せていれば、彼を呼ぶ大人びた女性の声が耳に届いた。
『アスベル、何をやっているの?』
『シェリア。今、ミチタカの髪を結ってるんだけど…』
『もう、不器用ね。私が代わるわ』
ね、と優しく微笑んだ、艶のある濃いピンクの髪の可愛い女の子の細い手が私の髪に触れる。嫌、じゃないのかな。その考えが顔に出ていたのか、黒豹の彼が私の頭を数回撫でた。優しくて暖かい大きな手だ。
『嫌っていたら近付かない。大丈夫だ、お前は自分らしく振る舞っていれば良い』
何を言ったのか、それは全然分からなかったけれど、彼が微笑んだから、私は黙って頷いた。
言葉じゃない優しさ伝わる
(甘く響く)(優しく伝わる)