私の部屋から食堂は、大きなホールを挟んだ向こう側。ロビーとして使用されている此処はいつも賑やかだった。要は人が多い=私が苦手とする場所でもある。そんな賑やか過ぎるホールを抜けて、一直線に食堂へ向かいたいのが本音だけれど、私の手を引く彼が何回も呼び止められるものだから、ずっとホールで立ち往生だ。一人で行っても良かったのだけれど、彼が私の手をしっかり掴んだまま離さない。彼の背に隠れながら、ひっそりと溜め息を吐く。
駄目だなんか居心地が悪い。何とかして早く食堂に行きたいんだけど…まぁ、諦めるしかないかな。別に大してお腹が減ってる訳でもないし。待つのは慣れてるから、ちょっと我慢すれば良いよね。
視線とか視線とか視線とかを。
笑顔で会話を続けるかれに苦笑してから窓の外に視線を向ける。
あ、今の景色描きたい。最近は、というか此処に来てから水彩ばかりだから油絵がやりたい、なんて思う。水彩絵の具や色鉛筆は有るみたいで、時々タルトが買ってきてくれる。が、流石に油絵の具は無いらしい。暇だから余計にやりたいんだけど。無いものは無いで仕方ないか。
それにしても、此処は本当に違う世界なんだよね。元の世界では見られないであろう程の緑が眩しい。空の青も、澄んだ色をしてる。中心に聳え立つ大樹もかなり絵になると思う。時折、変な生き物が見えるのは割愛しよう。こんなに綺麗で溢れている世界なのに、とても大変な事態に陥っているらしい。ちゃんと聞いた話ではないけれど、"星晶"の奪い合いが原因だとタルトが言っていた気がする。この世界も、元の世界と同じ様な問題を抱えているのだ。ただ、規模的には此方側の方が酷いのだけれど。とても、勿体無いと思った。どうして、いつの時代もどの世界でも、人間は独占する様な考え方しか出来ないんだろう。
知らず知らずの内に手に力が入っていたのか、繋いでいる手の甲を彼の指がそっと撫でた。会話を止めて私を見る彼と一瞬、目が合った。私が俯いたから直ぐに逸らす事になったけれど。
(彼だけじゃない。誰か他の人も)
複数の視線が刺さるみたいで痛いとすら思える。これはちょっと重症すぎやしないか、私。気にしなければ良い事なのに。それでも気になるのが人間の悲しい性。気にしない、なんてのが出来たら苦労はしてないよね。
『どうかしたか?』
顔を上げない私の表情を窺おうと彼が覗き込んでくる。近い距離だったからか、彼の赤茶の髪が私の黒髪に混ざる様に触れた。
やっぱり何を言っているか分からないけど、彼の表情と声色で何が言いたいのか大体わかってきたきがする。私の事を気にかけてくれているんだ、と。なんでもないと伝えたくて、笑顔を作って首を横に振る。
ちゃんと伝われば良いんだけど。
『アスベル、そいつ何だって?』
『多分、何でもない、だと思うんだが』
真っ赤な服の男の子が見下ろしてきた。鳶色の瞳で、じっと凝視されるのがいたたまれなくて顔を背ける。ついでに後ろに下がろうとしたけれど、繋がれた手がそれを許してはくれなかった。
そういえば、"アスベル"と云うのが彼の名前だろうか。赤い服の男の子がそう呼んだと思ったんだけど。って、2人で会話でも何でもすれば良いじゃないか。どうして黙って私を凝視してるんだろう、この2人は。数回瞬いてから忙しなく目を泳がせる。タルトかカノンノちゃん、どちらでも良いから早く帰ってこないかな。私の心が擦り切れそうです。
なんて考えていたら、にゅっ、と私の目の前に手が差し出された。一体何だ、とその手を辿って顔を上げれば、赤い服の彼がにっこりと笑っている。
『俺、ロイド。お前は?』
「?…ロ、イ…?」
彼が言ってるのはきっと名前だろう。元の世界にだってこんな名前の人はいるだろうし、名前って事にしておこう。でも、よく聞き取れなかった。
『ロ・イ・ド』
「…ロイド」
反復するようになのか、彼は一音ずつはっきり言い直した。
何なんだこのやり取りは。まるで子供に教える込ませるみたいな…強ち間違ってはいないけれど。だって言葉分からないし。
しっかり正しく名前を呼んだら、ロイド君が満面の笑みで私の空いている手を握った。握手、だろう。軽く上下に振って、すんなり離される。暖かくて不思議な感じがした。
「……アスベル?」
じゃあ、こっちの彼の名前はやっぱりこれなのかな。今現在、手を繋いでいる彼を見上げて首を傾げながら言えば、当たっていたらしく、アスベル君が嬉しそうに笑った。当たっていて良かった。もしこれで間違えていたら、物凄く恥ずかしかっただろう。
笑顔を返せば撫でられた頭
(でもね、多分)(多分だけど)(私の方が年上だと思う)