顔を上げれば楽しそうな微笑みが目に入る。ほんの少し紫の混ざった青色の前髪がかすかに揺れて、彼女が首を傾げたのが分かった。カウンターに頬杖をつき、何も言わないまま私の手元を覗き込み続けるその仕草は凄く絵になっていて、私のちっぽけで拙い絵師心が擽られる。そんなジュディスさんは、船内で唯一の親友的ポジションといっても過言ではない。と云うか、彼女がそう言っていたらしい。気配りの出来る、お姉さんの様な存在の彼女は他の女の子達からも絶大な人気を誇り、男性陣が羨むくらいでもあるのだが、そんな人が何故こんな私なんかを親友だなんて思っているのか謎だ。だから、どうしてなのかタルトに聞いてきてもらった所、なんだか丸め込まれた気がしなくも無いけれど、そう云うことにしとこうと思った。
私の前だと何の気兼ねも無く居られるから、らしい。甘えても何も言わないで甘やかしてくれるから、とも言っていた。常に頼られてばかりでは疲れてしまうから、せめて私の前では、私で良ければ、と考えて接していたのだけれど、これ程までに効果抜群だとは思いもよらなかった。困るかしら、と苦笑するジュディスさんに首を横に振って笑顔を返したその時から、私達は一緒に過ごす時間が増えたのだ。
仲良さげに顔を突き合わせて作業する二人を、この場にいる人みんなが不思議そうに見ていた。どこにも接点が無さそうな二人が、ああも仲が良い理由が分からなくて、首を傾げるばかり。確かに、ミチタカは守ってあげたくなるような、頼ってほしいと思わせるような子だと思う。けれど、あれではまるでジュディスの方が甘えているように見えなくもない。今だって、ケーキに飾付けるミチタカにちょっかいを出して窘められているのだ。しょうがないな、なんて言っているようなミチタカに、楽しそうに笑うジュディスの表情は見たことの無いものだった。まるで対等な関係。互いに遠慮の無いような、そんな感じ。
関係性が分かったのは良いのだが、これで益々分からない。どうして、そんなにも意気投合しているのか。そうやって頭を悩ますのが嫌いなのか、空気を読んだような読んでいないぜロスが、耐えられない、とでも言うように、眉を寄せて口を開いた。その彼に、皆の心が一つになったのは言うまでも無い。よくやった、と。
「ジュディスちゃ〜ん。何でミチタカちゃんとそんなに仲良しなの?」
「あら、駄目かしら?」
「いやいやそうじゃなくてぇ、共通点とか無さそうじゃん?」
そう言うぜロスに、ジュディスは少し目を丸くしたけれど、直ぐに笑みを浮かべて面白いとでも言うような表情をする。意味深な彼女の微笑みに、ゼロスは唇を尖らせて続きを促した。ちらり、とミチタカに視線を向けたジュディスに釣られて苗字を見れば、彼女は話が分からないからか、もしくは単に興味が無いからか、手を止めるわけでもなく此方を窺う様子すらも見せずに黙々ケーキ作りに勤しんでいる。柔らかなクリームが覆うスポンジは、さぞふんわりとしている事だろう。本人は暇潰しだろうけれど、今は皆のおやつになっている。決められた日に作っているなでは無いので、日にちと時間が合わない限り食べることは出来ない。どうしても食べたい人は直談判に行くほとで、それだけ彼女の作るお菓子は美味しいのだ。
理由はある、と体言するかのようなジュディスの微笑みに、意味が分からないとゼロスがミチタカを覗き込んだ。共通点ないし理由を見付けようと云うのか、急に現れた人物に目を白黒させているミチタカにお構い無しのゼロスは瞬く。後退するミチタカが、助けを求める様な視線をさ迷わせた。言葉が通じないので声に出来なくて困っているみたいにも見えて、助けを入れようかと思ったと同時にクレスが二人を引き離した。頭を下げる彼女を撫でるクレスはまるで兄みたく見える。まあ、仲間達と並べると大抵、妹にみられるのだけれど。小柄なのもあるが、幼い顔立ちもそう思わせる要因だろう。
「共通点、と云うか理由なら有るわ」
「え!ほんと?なになに?」
ふふ、と声を漏らして笑うジュディスの言葉にゼロスが食いつく。皆が固唾をのみ、緊張の張り詰める食堂に聞こえるのは苗字が包丁を置いた音だけ。
「年上だもの。甘えたくなっても良いじゃない」
あっけらかんと告げられたことに、たっぷり10秒ほど有した皆が一斉に叫んだ。きっと廊下にも聞こえているに違いない。騒然とする食堂内で変わらないのはジュディスとミチタカだけ。まさかの事に私も手にしていたカップを落としてしまった。ジュディスよりも年上、と云うことは20歳以上になる。今ここに居る人の中で最年長の括りになる。信じられない。私も年齢を間違えられることは有るけれど、上には上がいた。
「ジュ、ジュディス、それ本当?」
「ええ、勿論」
「わたし、ミチタカは16歳くらいだと思ってた」
「俺も!てっきり同い年だとばっかり」
「ミチタカって何か幼いイメージあるよな」
「うん。同じくらいなのになぁ、って思ってたの」
ざわめきを気にも留めないで、笑みを浮かべたままのジュディスの隣で首を傾げているミチタカはやっぱり年上には見えない。前に垂れる髪を後ろに流しながら、促されるようにして此方に視線を向けたミチタカが苦笑する。私達が騒いでいる具体的な内容は分かっていないみたいだけれど、雰囲気で何となく察しているのかもしれない。仕方ないな、なんて目が言っている。そういった対応を見れば、大人な反応なのだな、と思えるので彼女はちゃんと年上なんだ。
二人分の紅茶とケーキの乗ったトレーを用意するのをみて、二人は部屋に戻るみたいだった。
「部屋に戻るの?」
「ここは騒がしいもの」
困った様子で頬に手を当てるジュディスは食堂を見回してからミチタカの背にもう片方の手を添えた。騒がしくなったのは貴女のカミングアウト所為だなんて言えなくて、頷くしかない。知りたがったのは私達だから。
瞬いて見上げるミチタカに気付いたジュディスも見詰め返し、それからそっと微笑んだミチタカに頷いたジュディスが残りのケーキを指差した。喧嘩しないように食べて、だそうよ。なんて、至極当然のように言った。
「本当、仲が良いんだね」
目で会話が出来るなんて。
そう言ったのは誰だったか。私は、少し残っていた紅茶を啜った。
一応、ティア語りのつもり