まっすぐみつめて
「私の勝手で済まないが、クロノスも共に行くことになった」

さも当然、当たり前のように言うマクスウェルに、その場にいた全員の目が点になったのは間違いなかった。その反応に、きょとり、と目を瞬かせた彼女の隣で私は苦笑するしか他ならない。昨日一晩じっくり話し込んだ所為か、どうやら懐かれてしまったみたいだ。そんな要素は無かった筈なんだけれど、どうしてだろうか。
いち早く回復した人形に手をかじられながら、私は首を傾げて微笑んだ。これは、親愛の証と解釈しても良いのかな。

「ねぇねぇ、アルディア君って呼んで良い?」
「好きに呼んでくれて大丈夫。宜しくね」

噛み付くのを止めて私の周りを飛び回る人形の頭部であろう所を小突いて笑う。適度な柔らかさと弾力が癖になりそうだ。
個々が口々にする言葉に一通り返したのは良いけれど、一番気掛かりなアルヴィンは黙ったまま。蟠りが有る人と旅を共にするのはストレスにしかならないのだろうけれど、私にだって事情が有るのだから、悪いけれど我慢してもらわなければいけない。一応、後で謝罪しに行くことにしよう。そう思ったけれど意外にも先に動いたのは彼の方。営業用、とでも言うんだろう表面だけの笑顔を貼付けたアルヴィンが、これまた作られた様な、計算された仕種で私の肩に手を掛けた。

「じゃ、これから宜しくな」
「こちらこそ」

寄り添うみたく身体を密着させるアルヴィンを見上げながらにっこり笑う。皆の前では仲良くしようと云うのか、二人の時では有り得ない程に近い。顔も、身体も。向けられる嘘の笑顔を、私は知らない。

「邪魔、してくれるなよ?」
「分かってる。ただ、ミラを舐めて見ると痛い目に会うから、気をつけて」
「気遣いどーも」

腰に腕を回し、耳元に顔を寄せる彼は端から見れば演技と分かる人はいないだろう。それくらい、自然だった。そんな彼に対し、不自然じゃない対応をしながら返事をする。話の内容までも聞き取れないだろう。不審に思われたとしても乗り切る自信は有る。おまけにウインクまでしてみせたアルヴィンには感嘆の息すら漏れた。
よくやるわ。それが正直思った事だけれど、彼はこうしないと生きて行けなかったのだから私は何も言わないし、仕方ないとも思わない。必要だったのだ。そう思うだけ。
エリーゼの隣に行って小さなてを握る。小さな手は、すっぽり、とまでは行かないが、私の手にはジャストサイズ。手を繋いで行けば出会った当初のようにはならないだろうから、それを含めて手を繋ごうとエリーゼに提案する。とても嬉しそうに顔を綻ばせて握り返してきた。もし、妹が居たらこんな感じなんだろうか。まともに家族と過ごした事はよくわからないけれど、きっとこうと云う事にしよう。彼女みたいな可愛い子ならいつでも大歓迎。しっかりと握られた手はとても温かかった。




久しぶりのシャン・ドゥはいつもより賑やかで、そういえば闘技大会なるものが開催されると云うことを思い出した。レイアと一緒になって珍しげに辺りを見回すエリーゼを見ながらも、意識を斜め後ろに向ける。少しだけ落ち着きがなさそうに感じるが、無理もない。だって、彼の大切な人がいるのだから。私も一度だけ会ったことがある。とても優しい女性だった。きっと彼は顔を出しに行く為に抜けるであろうから、それに便乗しよう。

「じゃあ、私もちょっと。旅の途中にお世話になった人がいるの」

モン高原へと続く、暗い洞窟の壁に凭れ掛かりながら、ぼんやり足元を見る。ここに来ている可能性は少ないけれど、何やら忙しく動き回っているみたいだからもしかしたら、と思ったんだけれど。そう感嘆に会えるものではないだろうからもう少ししたら皆と合流しよう。そう思った直後、高いヒールの音が私の前で止まり、見慣れた靴が視界に入った。顔を上げれば、眼鏡の奥の瞳を優しく細めたプレザが、微かに口角を上げながら私を見ている。艶めいた唇が私の名前を形作る。

「変わりないみたいで嬉しいわ。イル・ファンで会った時以来かしら」
「確か、そのくらいね。私も、貴女に会えて嬉しい」
「今は一人じゃないのね、マクスウェルと一緒だって聞いたわ。何かあったの?」
「少し、懐かれたみたい。とても面白い人達ばかりで飽きないの」
「貴女が良いなら私は何も言わないわ。無事で居てくれるだけで良いのよ」

安心してくれているのか、私を見る彼女の視線は柔らかい。いや、彼女が私にそれ以外の視線を向けた事は今までに一度だって無かった。それは私も同じこと。無事でいてくれたらと祈るのも、あの時からずっと変わらない想い。そして、これからも。






で、どうして私達が闘技大会に参加しているんだっけか。プレザと別れ、大通りに戻った瞬間、私を目敏く見付けたレイアにタックルを噛まされてそのまま闘技場に連行されたのが数十分前。説明も無しにあれよあれよと試合に出されたのが数分前で、今に至るのだったか。

打ち上げた魔物をアルヴィンの追撃が襲う。軽く地を蹴って宙を舞い、滞空時間の延びたそれに鉄扇を叩き込んだ。鈍い音を響かせた魔物はぴくりとも動かない。
いくら不仲とは言え、互いの手の内を知っている者同士、長い付き合い故に戦い方や癖を知っているから他の人達よりも格段に連携は取りやすかった。相手の体勢を崩したり打ち上げたりするは得意だけれど威力の無い私に、力重視の彼は相性が良い。逆もまた然りで、力で相手のガードを崩す彼にとっては、小回りの利き、不意を突ける私は中々に重宝するはず。戦いに関しては、命が掛かっている故に不仲などそんなものは些細な事でしかない。
横に薙いだ際の遠心力を利用して扇を開き、軽く力を加えて軌道をずらしたそれを振り上げれば、範囲内にいた魔物は真っ二つ。又してもその反動を使って閉じた扇を、地面へ思い切り打ち付け、生じた衝撃に足元を掬われた魔物をアルヴィンの容赦無い銃撃が一掃した。これで、私達の勝ち。取り敢えず、どうしてこうなったのか一応聞いておかないといけないかな。本当、飽きない事ばかり連れてくるから、退屈しない。



賑わう食堂の一角に席を構え、談笑を楽しんでいるのだけれど、この場にそぐわないにおいがしている気がして落ち着かない。私以外は特に気にした様子も無いから気のせいかもしれないけれど、やっぱり私の勘違いなんだろうか。久しぶりの戦闘に気分が高まっているのかな。そうであったとしたら何だか気恥ずかしい気もする。
が、運ばれてきた料理の匂いが、私の考えが気のせいでないことを確かにした。気付いたミラが声を張り上げるのと、私がアルヴィンの手を掴んだのはほぼ同時。首を横に振って、食べないでと示せば彼は訝しげな顔をしつつもスプーンを置いた。らしくない私の行為か、それともミラのか、驚いたアルヴィンが凝視してくるその視線を受け止めてから直ぐに周りを見渡して給仕を捜せば、食堂から出た直後。行儀が悪いのを承知でテーブルに足を掛け飛び越えてその後を追った。
アルディア、と誰かしらが呼ぶ声が聞こえたけれど、私は急に止まれないのよ。
なんて逃げ足の早い。廊下には人影すらないけれど、私から逃げれると思わないでほしいな。人の気配を辿るなんて造作も無い事だし、こう云う時に人間の考える事は大抵人混みに紛れる事であるから外に出たと考えるのが妥当だろう。
階段の下辺りから聞こえる声に耳を傾けながら窺うけれど位置が悪いのか上手く見えない。どうしたものかと思案している間に、飛び出してきたらしいアルヴィンが私の肩を叩いた。

「もう良いって。取り敢えず、あいつらは無事だから」
「…そう?釈然としないけど、まぁ、うん」
「早く戻れよ。俺は…」
「レティシャさんの所でしょう?早く行ってあげて。皆には上手く言っといてあげる」

そうやって彼を見送ったのは良いけれど、やっぱり取っ捕まえて色々と吐かせれば良かったなんて思うとは思ってもいなかった。
それを知るはずも無い私は何事も無かったかの様に振る舞い、皆の所へと戻ったのだった。

×
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -