なみだがきらめく
歩いていたら女の子が降ってきた、なんて誰が想像出来るだろうか。少なくとも、私には無理だ。
軽々とまでいかなかったが、風の精霊術で衝撃を和らげて受け止めれば、聞き慣れた声が上から降ってきた気がして、知らずの内に眉間に皺が寄ったんじゃないだろうか。別に、嫌と云うわけではないけれど相手の態度やら何やらを考えたら自然と、だ。そんなことはさておき、私の腕の中で目を回している少女は大層愛らしく、自然に頬が緩む。少女の肩を揺すって起こそうとしている所で仲間であろう人達が慌てた様子で降りてくる。
う、と声を漏らして身をよじった少女の意識が戻ったのか、大きく丸い瞳が姿を見せた。宝石みたい、と微笑みながら、大丈夫?と声を掛ければ、現状把握が出来ていないのか、きょとり、と数回瞬いたが、直ぐに慌てた様子で立ち上がる。少女の物であろう人形を拾ったら動いた気がした。気のせいか、と首を傾げつつも少女に渡してやった。

「助かったぜ、アルディア」
「どういたしまして。ちゃんと見てなきゃ駄目だよ?」
「悪かった。次からはちゃんとするよ」

やはり、気のせいではなかったのだ。お気に入りだと言うスカーフを揺らして私の隣に立つ、見慣れすぎた男と話していれば、ツリ目がちの男の子が、知り合い?と首を傾げながら呟いた。その様子がなんだか可愛いと思うと同時に、ご愁傷様、なんて思った。彼みたいな子は利用されやすい。特に、私の隣で嘘の笑顔を貼付けている男にとっては、飛んで火に入る夏の虫だろう。
その子の後ろにいた女性が訝しげに見詰めてくるのを感じながら、後ろ手を組んだ。

「こいつは俺のちょっとした知り合いだよ」
「アルディアって言うの。宜しくね」
「クロノス!!」

ツリ目の男の子が何言おうと口を開いたが、それよりも先に、顔を輝かせた先程の女性にいきなり抱き着かれてたたらを踏んだ。驚いたけれど、直ぐにやってきた既視感に目を細める。何処か覚えのある雰囲気だけれど、一体何処でだったか。そんな考えは彼女の言葉に直ぐ解決することになる。身体を離して私の肩を掴んだ彼女は至極嬉しそうだ。

「久しぶりだな、クロノス。また会えて嬉しいぞ…ああ、この身体で会うのは初めてだったな」
「ええと…マクスウェル?」
「ああ、そうだ。その格好では誰か分からなかったが…ふむ、似合っているぞ」
「ありがとう。貴女も素敵よ。ところで…」

と、言いかけた時にアルヴィンからのストップが入る。私とマクスウェルを引きはがして眉を寄せ、彼は首筋に手を当てた。知り合いだったの?と目で訴えてくる彼に頷いて、離されたのが嫌だったのか、若干不機嫌そうなマクスウェルを見る。
確かに、言われてみればマクスウェルだと認識出来るけれど、何かが違う気がしてならない。何だろう、この違和感は。もしかして彼女は、と仮説に過ぎない考えが立ったけれど、かぶりを振って無かった事にする。今考えても仕方の無い事だ。
隣で聞こえた小さな溜め息に、視線を巡らせれば先程の少女が疲れた顔で地面を見ていた。抱えられている人形も、なんだかぐったりしている様に見えて、私は少女の頭に手を乗せた。少し吃驚した様子で私を見上げる少女に微笑み掛けて、目線を合わせる為にしゃがみ込んだ。

「大丈夫?少し疲れが溜まってるみたいね。無理しちゃ駄目だよ」
「…はい。でも、早くいかないと、です」
「そうだそうだー。足引っ張っちゃダメなんだぞー」

くわ、と口を開けた人形が喋ったのに思わず動きが止まる。これは、もしかして彼の探していた…。じゃあ、彼が此処にいる理由はこれ、なんだろうか。
少女の腕の中で存在を主張するように動く人形は、到底可愛いとは言い難いが、慣れるとそう見えてくるのか、なんて思った。だって、持ち主の少女が満面の笑みで大切そうに抱え込んでいるのだから。

「エリーゼ、辛いなら一旦海停に戻ろう。休んだ方が良いよ」
「でも…ミラが」
「私は構わん。クロノスと話したい事も有るしな。エリーゼ、休めばもっと頑張れるようになるだろ?」
「はい!!」

マクスウェルに頭を撫でられて、綻ぶ様に笑った少女の頭をもう一度撫でて立ち上がる。勿論、お前も来るだろう、と言わんばかりのマクスウェルに見詰められて、肩を竦めながら頷く。特別やることも無いし、今は自由に旅をしている身。行く宛ても無いので何処へ行こうと同じなのだ。話したい事が有ると言ったし、彼女についていくとしよう。もっとも、彼は嫌がるかもしれないけれど。






「ミラの知り合いだったんだな」

冷たく見下ろしてくるアルヴィンを見ないで、私は手摺りに寄り掛かる。苛立った声色に、まだ私の事が嫌いだと云う事を突き付けられているようで、少し悲しい。もし口に出したとしたら、きっと彼はそんなこと無いと、嘘の笑顔を作るんだろう。好きでも嫌いでもない。言外に、何も思っていない、興味が無いと、言うように。そっちの方が苦しかった。好きの反対は無関心、とはよく言ったものだ。実際の所、私が悪いのだから仕方の無い事ではあるが。
預けていた身体を起こして隣の階段を降りる。後ろをついて来る彼を一瞥し、嘲笑を浮かべて息を吐いた。彼が何も言わないのは私を窺っているから。

「ミラ=マクスウェルには初めて会ったんだけれど」
「じゃあ、なんでミラがお前の事知ってんの?」
「人違い、じゃない?…どうして私が彼女を知ってるか、なんて野暮な事は聞かないでね」
「仕事か?今度は何企んでやがる」
「ちがーう。人に聞いたの。今は仕事なんてやってない。自由気ままな一人旅してるの」

振り向いた先には彼の腰までしか視界に入らない。それで良かった。きっと顔まで見えたとしても、お互いに直視することはないだろう。いつからだったか、嘘がばれないように私達は目を合わさなくなった。もう、彼の赤みがかった瞳が、私の青の目を映す事はない。
宿の2階の窓からから聞こえたマクスウェルの声に返事をして、アルヴィンの横を通り過ぎる。その際、微かに見えた、どことなく苦しそうに歪められた顔に、涙が出そうになった。どうしてそんな顔をするの、なんて聞けるはずがなかった。

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