おもいでのかおり
優しげな眼差しを向けるバランさんは、従兄弟と言うよりも本当の兄の様だった。からかい口調ながらも彼を想う気持ちは人一倍強く、20年も離れていたと云うのにまるで昨日今日会ったような、そんな振る舞いをする。嬉しい素振りを見せる訳でもなく、ただ変わらずに接するバランさんはアルヴィンにとって救いなのではないだろうか。時が経てど変わらぬものが有るのだと、改めて感じさせてくれた。私にもそんな人が居れば良いのに、なんて無意味な事を思った。部屋に居ては気が滅入るから外へ行け、とクロノスに催促されて、賑やかな広場近くのベンチに腰掛けて特にすることも無く、遊び回っている子供達を見つめていた。
「やぁ、アルディアさん」
「バランさん…何かありました?」
背後の気配に気付いて振り向けば、にこやかな笑顔のバランさんが立っていた。仕事が有ると言っていたから、きっと今から出勤だろう。見慣れない荷物を手にしていた。見慣れない、と言っても此処では大半のものが当て嵌まるのだけれど。笑顔だった彼の瞳が細められて、何やら考えているみたいだったが直ぐに目を合わせたバランさんは肩を竦めて首を傾げた。
「アルフレドを宜しく頼むよ。とても手の掛かる子だけど」
「え…と、はい…?」
「どうして、って顔をしてるね」
何で分かったんだろう。いつもの様な表情をしていたと思ったのだけれど、彼にはそう見えなかったようだ。中々に侮れない人である。アルヴィンが彼の事を苦々しく話す理由が分からなくもない、かもしれない。にんまりと口角を上げる彼はどこと無く嬉しそうで、尚且つ何かを自己完結したらしく一人で頷いている。マイペースすぎてついていけないのは私だけだろうか。分かるように会話をしてほしいと切に思う。
ミルクティーにも似た茶色の髪を揺らして、何度も頷く彼が差し出す手を数秒見つめてから取り敢えず握り返した。本当に、何を考えているのか、何をするのか予想だにしないことばかりをする。眼鏡の奥の瞳が揺れて、私の蒼色と混ざり合う。
「従兄弟の勘さ。きっと貴女はアルフレドがとても大切にしている女性なんだ、ってね」
「勘だとしても、短い時間の中でよくどうして?何者なんですか、貴方は」
「しがない研究員さ。彼と仲直りしてやってくれないかい?あれでいて物凄く寂しがり屋でね」
そう言う彼の瞳は慈愛に満ちて、本当にアルヴィンを大切に想っているみたいだった。茶目っ気を含んだウインクを投げ掛けられたのを受け止めて微笑めば、安心した様子で礼を言うバランさんの手が肩に触れる。その手に自分のを重ねて微笑みを苦笑に変えたら彼の方も同じように苦笑した。するり、と離れた手を追って口を開こうとした寸前に、何してんの、とアルヴィンの声。
「忘れもん持ってきたんだけど、なに手ぇだしてんの」
「わざわざすまないね。別に手を出してる訳じゃないよ?ただ、彼女が綺麗だったから、つい」
「バ・ラ・ン!!」
「ははは。もう行くよ。じゃあ、アルディアさん、話せて良かったよ」
アルヴィンの睨みも何のその、手を一振りして仕事へ向かった彼は無駄に爽やかだった。どっちかと云うと貴方が一方的に言いたい事を言っただけだと訂正したいが、此処からはもう見えない。私はただ単に相槌を打っていただけなので、会話をしたと云うのは語弊が有る。あれが彼なりの会話と言うのなら何も言わないけれど。
それにしても、至極簡単に仲直りしろと言ってくれたが、それが出来ていたら私達の関係はこうも拗れていないだろう。逃げていないできちんと話せ、と遠回しに言われているみたいだった。話す方も聞く方も、勇気が有れば良いのに。
「部屋に戻る?皆待ってるだろうし」
「あ、おう」
久しぶり、と云うか20年振りの故郷に少なからず浮足立っているのか、辺りを見回すアルヴィンはまるで子供のよう。ジュード達といるときには見られない様子に含み笑っていれば、気付いた彼に小突かれた。照れ臭そうにこちらを見ない彼の前に周り込んで見上げたら、目を覆い隠されてしまう。少し堅いグローブに、こっちを見るな、と言われているみたいだった。
あ、と声を上げたアルヴィンの手を退かして彼の視線の先を辿ろうとしたと同時に小さな弾丸が腹部へ突っ込んできて、そのままへばり付かれた。それからその小さな弾丸は隣に並ぶアルヴィンを睨み上げて私達の間に割り込んで、距離を開けさせたいのか、ぐいぐいと押してくる。一体全体、どれだけ嫌われているのやら。そういった感情を素直に態度で示してくれるのは彼にとって楽なのだろうけれど、少なからずダメージを受けているだろう。仕方ないな、と笑ってエリーゼの頭を撫でれば花が綻ぶような笑顔を向けてくれる。妹、と云うのはこんな感じだろうか。暖かくも擽ったい気持ちがする。
それから少しして、街の外が何やら騒がしい気配に包まれたのに気付く。慌てて街へと駆け込んで来る人が沢山。そのうちの一人を捕まえたジュードが話を聞いている中、クロノスが呆れた様子で溜め息を吐いた。曰く、ガイアス達ではないかとのこと。あながち間違いでもなく、会話を進めるジュード達のを聞いていれば全くもってその通りだった。
「よく分かったね」
「あれは人と気配が違い過ぎる」
しれっと言い放つ言葉に同意せざるを得ない。ミュゼを従え、空間さへも切断してしまう彼は到底、人間とは言い難いだろう。
襲撃場所はヘリオボーグと云う研究所らしいが、どういった所が見当が付かない。何せ話を全然聞いていなかったから。が、アルヴィンの呟きを拾ってからは別だ。バランさんが働いているのだと、彼の少ない呟きから推測した。それは一大事であるし、ジュードの話によれば、黒匣を狙っての襲撃とのこと。今、黒匣が無くなれば、困るのは目に見えている。何とかしに行くんだろうな、と予測が正解に変わるまで後数秒。何処へ行っても、トラブルに巻き込まれる体質らしい。
不安げな顔のアルヴィンの腕を軽く叩いて微笑めば、ぎこちないながらも彼は笑い返した。