暗い海を照らす赤々とした光を視界の隅に入れ、別の画面に向けていた顔をそちらに向ける。車に付けたカメラから送られる映像は、鮮明とは言えないものの状況を把握するには何も問題は無かった。元より、壊れても良いように安物を取り付けたのはこちらの為、文句を言う必要もない。真っ向から対峙してくれたお陰で相手の顔もしっかり確認することが出来たので上々である。次の為に幾らか情報収集でも、とキーボードに触れたところで、机の端に置かれていた端末が震え、聞き慣れた着信音が部屋に響いた。


「はい」
「見ての通りだ。今からそちらへ戻る」
「軽く食べるものと、お風呂の準備をしておきますね」


手早く会話を終わらせ席を立つ。長く画面に向かっていたからか少しばかり固まった身体を軽く伸ばして浅く息を吐いた。部屋を出て廊下を抜け、浴槽に湯を張りながら冷蔵庫の中身を思い出し、それから、常備してある彼の着替えを用意する。作れるものを思い浮かべながら、直ぐにでも着いてしまうであろう彼を先に風呂に突っ込んでしまおうか、と包丁を手にトマトをまな板に置いた。

案の定、軽食が出来るよりも先に到着した彼を浴室に放り込み、ついでに洗濯機のスイッチを押す。爆風を諸に受けたジャケットは外で叩いてから消臭剤をかけることを決めた。スープが煮詰まる前に全てを終え、出来たものをダイニングテーブルへと並べて仕事部屋に戻る。自由に振る舞ってもらうのはいつものことであり、彼もそれを理解していた。呼ばれない限りは自身の仕事に専念するだけ。持ち出された情報と公安の動き、それから組織の情報をあの手この手で探っていれば、洗面所の扉が開く音が聞こえ、通り過ぎる筈のこの部屋の前で気配が止まる。


「奏雨」
「今、行きます」


出て来い、と名前を呼ぶだけで伝えた彼は音も無くリビングの扉をくぐる。ノートパソコンを片手に向かえば、マグにスープを注いでいた穏やかな緑色と視線がかち合った。僅かに細められた双眸に首を傾げることで応え、彼が座る向かい側に腰を下ろしてパソコンの画面に目を落とす。キーボードと叩く不規則な音に重なるように聞こえた椅子を引く音と、目の前に差し出されるように置かれたマグに顔を上げれば、すい、と顎でそれを示した彼に礼を口にした。流れるようにシルバーを扱う彼をほんの少し見詰め、用意してもらったスープに口をつける。そっと舌先でスープの温度を探れば、彼が微かに笑った気がした。そっと、窺がうように視線だけで見た彼の表情はいつもと変わらず、気のせいだったかと些か熱いそれを口に含む。我ながら、味はそんなに悪くない。
簡単な報告とあれ以降の各所の動きを手短に伝え、明日の行動について確認していたものの、彼からの反応は薄く、何か思うことでもあるのだろうか、FBIの方々と既に連携を取りつつあるとしたらこちらとの話し合いは必要なかったのではないか、等と考えているのに気付いたのか、食事の手を止め彼が口を開いた。


「君の腕は確かだ。俺が口を出す必要が見当たらなくてな」
「買いかぶり過ぎですよ」
「そうかな?」



それから少し情報を集めていたが、重い感覚のする目頭を押さえ深く息を吐く。集められるところまではやったものの、時間が故に組織も大きく動いた形跡は無い。取り敢えずとして注意を促す連絡を瑛海に入れて立ち上がる。水分を取り仮眠でも、と部屋を出れば丁度良く寝に行くのだろう彼と鉢合わせた。手にしていたペットボトルを小さく揺らし、視線だけで、おいで、と招く。普段からあまり使っていなかった寝室は、彼がここに寝泊まりしなければその役目を全うすることは無かっただろう。便利だからと仕事部屋にソファベッドを置いてしまったのが原因だが、如何せん本当に便利なので良くない。疲れた身体を寝室まで運ばなくても済むのでついこちらを選んでしまう。その為、彼とベッドを共にする必要はないが、普段からきちんとしたところで寝ていないのを察している様子の彼はこうして時折誘ってくる。寝れてないのは彼も同じではないかと思うものの、それは口にしない。
夜を共にすることを今更恥じることは無く、彼がそう望むのであれば拒む理由もない。ただそれに従うだけ。けれどそれがとてつもなく甘えで、本当は自ら望んでいるというのに彼の所為にして、口にすることの出来ない自分をただ正当化しているに過ぎないのだと、自覚していた。きっと彼も気付いているのだろう、けれど、何も言わない。
知らずのうちに眉が寄っていたのだろう、目の前の美しい緑が伏せられ、しっかりとした腕が背に回されてそのまま引き寄せられる。


「何も言わなくて良い。ゆっくり休め」
「…おやすみ、なさい」
「ああ、おやすみ、奏雨」


子供の様に緩く抱き込まれ髪を撫でられる。存外長い睫毛が目の直ぐ下の頬を柔らかく擽って、ぬくもりが近くなった。こうして、眠る前にまるで何かのまじないの様に、彼は少しだけ長く、頬にキスをする。酷く優しい人。他人にばかり優しくて、自分の内にため込んでしまう。何も返せないのを分かっていて与えてくれる、狡い人。決して力強くは無い抱擁を受け止め、緩やかな拘束に身を委ねていれば、直ぐに眠りの淵へと意識が傾いてしまう。うと、と靄のかかったような意識の中、ぼんやりとした視界に入れた彼の瞳は、いつもよりもどこか優しく穏やかに見えた。
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