「うーん、やはり眠いな。人間はよく決められた時間に起きれるものだ」


午前十時。
魔王城の一室では、絢爛豪華という言葉がよく似合う自室の片隅にあるベッドの上で、魔王が静かに目覚めた頃だった。


「おはようございます。…人間の姿なんかで居て、魔力の使いすぎで御疲れなのではないのですか?」

ベッドの横にはすでに側近が居た。
側近は毎日、魔王が起きるより早く起床し、様々な準備をしてくれている。
実際、魔王は側近が寝ているのを見た事がない。
我ながら優秀な部下である。


「だって勇者はいつ来るか分からないだろう?」

「この姿は関係あるんですか」

「モンスター元の姿とかグロ過ぎるだろ…勇者に嫌われたらどうする」

「現に嫌われてるから魔王討伐の旅に出てるんじゃないですか」


側近にもっともな事を言われ、魔王は口ごもる。
例え部下でも、側近は冷静に正しい判断を下す。
だからこそ魔王は彼を側近に選んだのだが…自分にも冷静過ぎる言葉の棘が意外に鋭いのである。


「側近もなかなかカッコ良く人間になれてるではないか」

「そういう問題じゃないです」



魔王城と呼ばれる、禍々しい城で交わされているとは思えない程緩やかな会話。

その雰囲気を打ち破ったのは、強靭な扉が開かれた轟音と、一体の魔物のすがるような叫び声だった。


「たたたたた大変です!」

「貴様。魔王様の御部屋に勝手に入室するとは何事だ」

側近が真っ赤な瞳を鋭く光らせ、静かに告げる。
しかし魔物の怯えた瞳には、側近などもう映ってはいなかった。


「も、申し訳御座いません…!しかし、緊急事態なんです!」

魔物は息を荒らげ、よりいっそう大きな声で叫んだ。

「勇者が…勇者一行が、魔王城に攻め入りました!」

「何…」

「本当か!!?」


側近が発するより早く、魔王から驚愕と喜びが入り交じった声が上がる。

急な事態に、側近は頭が痛くなった。

(まずいな…)

この状態の魔王が勇者に会えばどうなるかなんて、一目瞭然である。

それは魔族の士気などに多大な影響を及ぼす。

どうにかして阻止しなければ。


「とにかく、城中の魔物を集めて…」

「それが奴ら、すげぇ強くって…もうすぐそこまで…」

バターン!!
と、また扉が大きな音を立て開いた。
「勇者一行、推して参る!」

「何それださっ」

ぱっと見たところ、魔法使い、戦士、僧侶、そして(魔王の愛しい)勇者の一般的なパーティが、扉を押し退けて立っていた。


「つ……ついに……」

来てしまった。この時が。


「あれっ、魔王は……って、あの人人間じゃないの!?」

魔法使いが、魔王を指差して戸惑う。
本来それが倒すべき魔王とも知らずに。


「本当だ、人質だと…早く助けるぞ!」

さっきからまくし立てるように喋っている戦士と魔法使いが、一刻も早く人質を助けようと走り出す。

しかし、一人の声がそれを制止した。

「待って、二人とも。その人は人間じゃない」

魔王が愛し、

「「えっ?」」

手に入れたい唯一の

「すごい魔力を感じる……それも魔王並の」

勇者の声だった。


その台詞で、諦めたのか側近が宙に魔方陣を書きながら、叫ぶように言い放った。


「この方こそ、恐怖と絶望で世界を征服なさった、魔王様であらせられるぞ!貴様等など私で十分だ!」

言い終わると共に、魔方陣を叩く。
青白く光る魔方陣から、灼熱の焔が放たれた。
狙いは戦士と魔法使いの二人であった。

まずはこの二人を始末してしまおう。

「きゃっ!」

「魔法使い!」

庇い合おうとする二人を、焔が包もうとする瞬間。

風が吹いたような音がした。


「…あれ?」

「大丈夫」


二人とも生きている。火傷すら負っていない。

焔に包まれるギリギリの瞬間に、勇者が二人の手を掴み、助けたのだ。


「ほ、ほら!あいつら強いんですよ!」

「ちっ……」

どうしたものかと側近が思慮していると、また突風が吹くような音がした。

「………よくぞ参った!勇者!」

気付くと、魔王が勇者の肩に手をやり、キラキラとした目で勇者を見つめていた。


(最悪過ぎる…)


「あれ…この方、やっぱり人間…?」

ここに来てはじめて、僧侶が話した。

勇者はただただ驚愕した目で魔王を見ている。


「我の側近の魔法を回避するとは…流石だ!」

「………えーっと………………どちら様ですか……」

「魔王だが?」










「は?」




その場にいた全員から、呆けた声が上がった。
無理もない。
突然勇者に抱き着いた人間の容姿をした者が、自らを魔王と名乗り出たのだから。


「ちょっと、魔王様…」

側近が制止しようとしたが、魔王は聞いていない。

「勇者!」

「えっ…はい」

「世界の半分をお前にやろう!だから、我と一生を添い遂げようぞ!」


固まる。

場が、空気が、人が、魔物が。

重い沈黙を破ったのは、三つ編みの少女、魔法使いだった。

「わ、わ、訳わかんないんですけどー!なにこれ罠!?罠なの!?」

「落ち着け魔法使い!これはプロポーズだ!」

「貴方が一番落ち着いて下さい、戦士」


混乱する二人をなんとか僧侶がなだめる。
しかし僧侶も困惑を隠しきれていない表情だった。


「ど、どうすんの?勇者…なんかえらいことに」


魔王に強制的に貼り付かれている(抱き着かれている)ので、勇者の表情はあまり見えない。
しかし、良い表情ではないだろう。

魔法使いに問いかけられてやっと、勇者は顔を上げた。



「決心したか勇者よ!さすが我の見込んだ…」

「全部よこせ」

「…えっ」

「半分なんか俺いらない。だから、この世界全部よこせ」


にっこり笑ってそう言った勇者は、救世主にあるまじき発言をした。



「おい貴様人間の分際で…」

「はっはっは!面白い!」

しんとした空間に、魔王の高らかな笑い声だけが響いていた。


いいよ、あげよう。






君ならばいくらでも

(だから君をください)









どうしてこうなった



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