季節は流れ十二月。
気温はがくっと下がり、外練は結構辛いものがある。
寒いなぁと何度も言い、日は暮れ今日も一日が終わりかけていた。

「倉間最近元気ねーよな」

浜野がなんの気なしにそう切り出したのは、部活が終わってから、窮屈にならないのが複雑な制服に着替えている時だった。

「…は? そうか?」

俺は内心ものすごくどきっとしたが、気のせいだとでも言うような口調で誤魔化しながら制服に袖を通す。そう、平常心を忘れてはいけないってあの人にも教わった。

「うん。南沢さんに呼び出された、次の日からね。なぁ速水」

「もう。…全く、浜野くんはデリカシーが無さすぎます…」

速水は浜野に呆れたようにはぁとため息をついたけど、それを否定する素振りはまるでない。同意ってこと。

俺は浜野の言葉が図星だったから少しどうしよう、なんて焦ってしまう。


「な、なんかあったん?」

「…別に、なんもねーよ」

ただ、もう二度と会えないだろうって、それだけで。
少し前の南沢さんのあの時の顔が俺の頭に急に浮かんできて、ちょっとだけ涙目になったので、二人に見えないようにそっぽを向いて目をぱちぱちと大きく瞬きさせた。
涙なんか今ならドライアイになるくらい、乾いてしまえばいい。

「ふられた?」

「はっ!?」

浜野のあまりに直球すぎる質問に俺は、物凄い勢いで振り返る。ちょっと顔があついのがホントにどうしようもない。いや、一番どうしようもないのはこいつのストレートさだ。

すると浜野は人の気も知らずににこにこと、速水は眉毛をハの字にして困ったように微笑んでいた。


「俺らね、なんでも分かんの」

「倉間くんのことなんてお見通しですよ」

二人は「ねーっ」とでも言うように笑顔のまま顔を見合わせる。

なんだ。
…こいつらには、バレバレだったってこと。なんだか、隠しきれてると信じきっていた自分が少し恥ずかしいような気持ちになった。

「どーせ倉間さ、自分の気持ちも言えてないっしょ?」

浜野が頭のうしろで腕を組んで、笑いながらそういう。

自分の、気持ち。
あの時の言葉が一言一言蘇るように、俺の脳内を犯す。
嘘つきの本当の言葉は。

「だ、だって南沢さん、嘘つきで、俺は、」

なんだかパニックになっているような口調であわあわと話していると、

「…倉間くん、南沢さんにもう一度だけ、会いに行ってみませんか?」
と、速水が提案してきた。

…もう一度?

「いやいや、無理だろ…遠いし、交通費とかないし…」

そこでちっちっち、と指を振り、待っていましたとでも言うように、浜野が言う。
「そーんな現実派の倉間くんに! 素敵なプレゼントがあります!!」

じゃじゃーんと自分でアホみたいな効果音をつけながら、浜野は強引に俺の手のひらを捕まえて、何かをぎゅーっと押し付けた。

「これって…?」

「そ! 月山国光行きの往復券」

確かに、確かにその手渡された手のひらサイズの小さな券には、あの人の、南沢さんの居る場所の名前が書いてあって。
なんだかその地名を見るだけで涙が溢れてしまいそうになる。
あの人は此処で、今もサッカーをしているのだ。

浜野はにこにことして
「ここまでお膳立てしてやったんだから、もうすぐに行けよ!」
と笑う。
「…南沢さん、メアド、変わってないみたいですよ」
俺昨日メールしてみたんです、と速水は携帯を口元に添えて笑った。

「…ありがとう、な」

俺は、小さな往復券をぎゅっと握り締める。
これが最後のチャンス。
この前出せなかった勇気はこの日の為に。この前言えなかった好き、は、この日の、そばにいたい、のために。


「俺さぁ…」

俯きながらそう言う。今見えるのは自分の足。南沢さんと共にボールを追いかけた、てめーの足だった。


「嘘も全部、引っ括めて、一緒に歩いて、手を繋いで、いいのかな」

無意識に声は震えてしまう。
俺はきっと、あの人の嘘を認めるのも認めないのも、こわかった。
嘘を認めてしまえば、あの人の言葉も存在も全部嘘になって、灰になってしまうような気がしていた。
認めなかったら、何処か遠い処に消えてしまうと思っていた。

だけどまだ、遠い処には行ってしまったけれど、消えてしまってはいないのだ。
だからせめて、それを見つけて、遠くからでも見ていたいと思う。…今は。


「…倉間くんなら、きっと大丈夫ですよ」
「ほら、俺たちが小遣いはたいて買ってやったんだから無駄遣いはしないーっと!」

そう言うと速水は俺に鞄を持たせ、浜野は俺の背中を押した。

「行ってらっしゃい!」

俺は二人の笑顔に駆り立てられたかのように、走り出していた。

「正月に!! ぜってー返すから!」




***




「…いや、俺、バカだわ」

俺は電車の中で一人で絶賛プチ後悔中だった。
勿論南沢さんに会いにいくのを今更後悔している訳ではない。後悔しているとこはそんなとこじゃない。

「普通、一旦家にくらい帰るだろ…」


何だか妙に背中を押されて舞い上がっていた俺は、家にも帰らず制服姿のまま、月山国光方面の電車へ飛び乗っていた。
…別に、明日は土曜日だし、学校の出欠に支障はないけれど。
…この制服で行ったら、なんだか嫌味にはならないだろうか。
そして出席日数のことを考えたせいか、頭に南沢さんが出てきてしまった。

あー、そう言えば前に、熱あるって言うのに内申の為に無理やり学校来てたこと、何回かあったよなぁ、南沢さん。
そのうちの一回の風邪が俺に移ったっけ。…まぁ学校休めてラッキーってしか思わなかったけど。

そうだ、確かその時、浜野と速水と一緒に、南沢さんがお見舞いに来てくれたっけ。あれはびっくりしたな。だってあの人は絶対「バカが風邪引かないって嘘だったんだな」とか鼻で笑ってくるタイプだから。…いや、それ言われたかも知んねぇ。

程よい温度の電車内は心地よく、南沢さんとの下らない日々をたくさん思い出させる。
…あ、南沢さんにメールしないと…今から行きますからって…ぜってーびっくりするだろうなぁ。でも、もう決めたから。いつも俺がびっくりさせられてたんだから、お返しだ。

ふふっと笑いながらメール画面を開いたが、部活後の疲れも相まってか、小さな睡魔が俺に襲い掛かる。
ぼーっとしながらメールを打っていると、電車の揺れのせいで間違えて変なところで送信をしてしまった。

「ヤバ、打ち直さなきゃ…」

しかし瞼がどうにも重たい。
俺は携帯をぽちぽちと打ちながらも、浅い眠りについてしまった…。



***



「…アホ面が居ると思ったら」

ずーっと見なかった名前が、受信フォルダに突然現れたものだから、驚いた。
慌てて内容をチェックすると「俺、今からそっち行」で終わっている文だけ。

思わせぶりなそのメールに、まさか何かあったんじゃあと電話をしても、コール音が続くだけで出やがらねぇ。なんのための携帯だ。あのチビ。
仕方無しに速水に電話をして、それから事情を知ったのだ。


「…幸せそうな顔して寝てる」

だがそろそろ、俺が、南沢が降りる駅だ。
全く、二つ隣の車両に居るなんて物凄い偶然もあるもんだ。


俺が目の前にいるのも知らずに、倉間すぅすぅと寝息を立てている。

「バッカだよなぁ、お前さ。こんな嘘つきの後をいつまでもついてきて」

口では貶しつつも、その愛しい後輩のよく跳ねた髪をぽんぽんと撫でる。相変わらずちっちゃいな、こいつ。座ってるせいもあるんだろうけど。

「きっと会わせてくれたんだな」

誰かがな。
神様が? お前が? …そんなのはどうだっていい。
窓の外を見る。降りる駅に大分近づいた頃だった。
さて、そろそろ起こさないとな…と俺は呟いた。

起こして、微睡んだ顔からの驚愕するこいつの表情をひとしきり楽しんだ後は、ホームから少し離れた街灯のない場所でだけ、手を繋いでやろう。
そして、家に帰ったら思いっきり抱きしめてやろう。

その時俺は初めてこいつに、駆け引きなしの愛をかたるのだ。



「終点ですよ、元後輩さん」

ロマンの欠片もないセリフを吐きながら、頭を強めに小突いてみた。
この微睡みの顔のあとはきっと、俺の想像したリアクションをしてくれることを期待している。


うそつきトゥルー・エンディング














現実の時間では前作より一年以上間をあけて幸せになりました。お疲れ様!




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