「おはよう御座います」

それは六時間目の始まる前のことだった。
五時間目の異常な睡魔とは不戦敗で、俺は春のぽかぽか陽気に負け、惰眠を貪っていた。

俺とゆゆは同じクラスで、兄貴は隣のクラス。
そのとなりのクラスの兄貴が眠たげな顔をして、俺の机の前に居た。

「おはよう御座います、どちら様ですか?」

「血を分けた兄弟の顔を数時間でお忘れとはお労しや」

「あぁ…体育か、次。着替えないと」

「そう。休み時間あと三分しかないけど」

「何」

ばっと兄貴を見てみれば、紺色の学校指定のジャージに身を包んでいた。斜め前の机では、丁度ゆゆが丁寧に制服を畳んでいるところだった。
更に良く見れば周りには誰もいない。


「ちょっと何で起こさないのさ。…コレ絶対遅刻だし、もう俺はゆっくり着替えてくからね、バカ兄貴」

あーもう、と頭をくしゃくしゃ掻きながら、ロッカーを漁り、体操服を発掘して振り返る。

ゆゆとバカ兄貴が呑気に携帯(ゆゆはいっちょ前にスマホ)を弄っていた。え、いやいや、体育遅れちゃうじゃん。今から行っても間に合うか…。

頭に?を浮かべながら二人を見ていると、視線に気が付いたのかゆゆと目が合って、ゆゆは
「早く着替えろってー」

「いやなつのは急いで着替えたらハーパン前後ろとかにはきかねないから、大目に見よう」

とか、兄貴と喋ってた。


「…うん」

その一言に続く俺の言葉は、遅刻確定を告げるチャイムに掻き消されて誰にも届くことはなく終わったけど、何だか袖口をぎゅーっとしたいような、そんな気分になった。


「さー行くぞー。ランニング公開処刑されに」

「ゆゆ最後にマジ走りするからきらーい」


軽く、スキップくらいの速さで駆ける渡り廊下は、昼下がりのせいか丁度いい陽射しで、体育なんかサボってここに居たいなぁとさえ思わせた。

無論、そんな訳には行かないので(単位的な意味で)廊下を蹴る度跳ねる金髪と黒髪を追いかけた。
あー、春だなぁ。


体育館には何故か女子が居た。いや、男女両方が居た。
何故だと思いながらも、取り敢えずランニングをして、五時間目に起きてたっぽいゆゆに尋ねる。

「今日男女混合なの?」

「なんかグラウンドびしょびしょで、保健に変更な雰囲気だったんだけどー。保健より体育がいいって意見が多かったんだってさ。あ、種目はドッヂね」

なんかうちの学校、つくづく女子に甘いよなぁと言い足して、ゆゆはランニング公開処刑で僅かに持った熱を、手扇子で払う仕草をした。

ドッヂボールは内野にされたら好きじゃい。あの、狼に囲まれた羊のような緊張感とそれに必死になっている自分がどうにも気持ち悪い。

しかし決まってしまったものは仕方が無い、と、憂鬱そうな顔をしてゆゆに、

「チームどうなってんの?」

「クラス混合で、男女別だってさ。チームは出席番号の、奇数偶数別で。俺偶数だ」

また面倒な分け方を…と少し体育教師に心中で悪態をついて、自分の出席番号が奇数なことを確認する。ゆゆとは別だ。

「俺奇数」

後ろから俺とよく似た声と慣れた重心が掛かってくる。俺の肩に片手を置き、兄貴がひょっこり覗いて見せていた。

「じゃあゆゆだけ別だ、ボール集中攻撃してやるからなー」

「やめろって! なつせの集中攻撃超うざいじゃん!」

そう、確かに兄貴のこう言うときの集中攻撃はうざったい。俺と同じ様に生きてきた癖に、ちょっとだけ運動が出来るのが謎である。

「なつのどうせあれだろ、外野で体操座りだろ」

「その為にあの辺でやってるジャンケン大会に混ざって来るよ」

俺が指差した方向には、サッカー部とかバスケ部とか、こう言う時にはしゃぎたい勢が集まっていた。外野という楽な役に就くためには、右手に全てを託し大博打に挑むしかないのだ。

さぁ、今日最初でおそらく最後であろう運試しに、全ての運を使おうか。


数名の「最初はグー!」の声で、右手に作った拳にきゅっと力を込める。
次の、「ジャンケンポイ!」で、一斉に皆手を出し合う。グーだ。俺は、グーを出した。

人が小さな円になれる程の人数が居たので、全員の運を確認するのに数秒要した。パー、パー、こいつも、その隣もパーだ。パーを見回すと目線が自分の運に戻る。グーだよ、ちくしょう、バーカ。

そんな訳で俺は、一回戦敗退を喫してしまった。



「おかえりー、どだった?」

「負けた…」

「うっわーなつの内野に居たらすぐ当たるっしょ。傷が浅い内に俺が当ててやろうか」

傷が浅いってなんだ、とゆゆに聞こうとした瞬間、集合のホイッスルが響いた。
狩って狩られる時間の始まりだ。






なんてこったい。
あれからまぁ絶妙な感じで両チーム狩ったり狩られたり、弾丸(並に硬いボール)から逃げ回ったりしていた。

正直この心臓に悪い場所からは早く逃れたかったのだが、条件反射ってやつが俺をボールに触れさせまいとする。
そうして無意識に逃げ回り、残り時間はあと一分。
それだけならあと一分ポッキリ逃げ回ればいい話だけど、なんと今内野に居るのは俺と、兄貴だけ。

そして全然嬉しくないことに相手チームも残り二人、だった。
ゆゆは当てられて外野に居る。向こうの内野に居る二人は、顔しか知らないスポーツが得意そうな誰か。

つまりこの四人が生き残るかで勝敗が決まってしまう、緊張感は最悪にマックスだ。


敵の外野の狼が、俺と兄貴目掛けて弾丸を放つ。それを兄貴が両手で受け止めて、敵の羊に投げ返す。弾は逸れ、それを外野がキャッチする、の繰り返しだった。
後十五秒。逃げ切れる。そう確信してちょっとだけ油断してしまった俺は、脚を縺れさせて、転びはしなかったものの確実に全身のバランスを崩してしまった。

やばいと思った時にはもう狼がすぐそこに。
当たる、と思って身体に力を込めた瞬間、目の前にきらきらしたものが現れた。
兄貴、だ。

俺に向けられた弾丸を身体全体で受け止めた。
そして直ぐ様敵羊の方へ振り返り
「当たれ!!」

タンッ

羊が仕留められた音がして、歓声と共に終了のホイッスルが鳴り響いた。



「なつせスゲェ!」

「なんかドラマみてぇだったわ!!」

兄貴への賞賛の声が上がる。兄貴は体操着を捲って汗を拭っていた。

「んだよー最後に決めやがってよ!」

ゆゆがやって来て、笑いながら乱暴に兄貴の背中を叩いた。

「兄貴だけ何でそんな運動神経あんの」

「毎日野菜ジュース飲んでるからな」


あぁ、疲れたし購買で野菜ジュース買うかな、と思った。


あと、兄貴が最後のボールを取った時、この前の屋上の時みたいな感覚がしてなんだかむず痒かった。





心臓掴んだライオン











ドッヂ楽しいよねって話




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