「いいか、お前は私の子供だ。お前に私の余力すべてを授けた。お前は今日から魔王だ」 魔王が生まれて間もない頃、魔王には父親のような存在の、先代魔王がいた。 先代魔王は長年の闘いにより世界のすべてを手に入れた。しかし、その長い長い闘いのもたらした疲れや衰弱は、膨大なものだった。 かくして自らの死期を悟った先代魔王は新たな魔王を造り、自らの余力をすべて魔王に注ぎ込み、朽ち果てた。 (人間って何?) 魔王が人間に近寄れば、謝りながら命乞いをしながら逃げていく。 そんなに自分を恐がる人間とは、何だろう。 「仕方ありませんよ。大丈夫です。貴方はあんなか弱い人間どもとは違い、気高く、美しく、強い」 そう言って側近は慰めるように笑いかける。 違うんだ、側近。 私は、ただ お前の言う、人間がか弱く脆弱なら、 我が守ってあげたいと思ったんだよ。 脆く儚い、人間とやらを。 「なぁ側近ー」 「どうしましたか?」 「この、桃太郎の鬼ってさ」 「人間からして見たら、きっと我なんだろうな」 人を恐がらせ、脅かし、平和を奪う情無し鬼。 童話の鬼がやっていることは、魔族がやっていることとかわりない。 そこまでして、富のある生活を送る意味はあるのだろうか。 魔王はいつも、それが疑問だった。 「…魔王様、一つ、真実の童話を教えて差し上げましょう」 そう言うと側近は、穏やかながら真剣な口調で語り出した。 昔、世界は「人間」と言う生き物が支配していた。 その頃はまだ魔族は弱者ばかりで、とても人間に敵う数も能力もなかった。 そんな、人間と魔族が反対だった時代。 その古き時代は、穏やかに見えて内面はとても残酷。 愚かな人間は権力を今より欲し争い、魔族はストレスの捌け口にされた。 それについに耐え兼ねた魔族が、詳細不明な魔法陣を作り出し、初代の魔王を創造したのだという。 そこから形勢は逆転し、今の魔族が世界を支配する世になった。 「…解りましたか? 今、あなたが確実にこの世を支配していないと、人間どもは過去の過ちを必ず繰り返します」 側近は語り終わり、諭すように私に告げる。 冷静で、残酷な判断。 しかし、過去の魔族のことを思うと、それを否定もできはしない。 「…だが、側近?」 「…なんでしょう」 「それを繰り返しているのは、我等ではないのか?」 「……」 「側近だって、本気で人間が憎い訳じゃないだろう」 優しい側近のことだ。 きっと、歴史の闇に葬られた魔族を想っている。 魔族にとっての幸せを、ちゃんと考えている。 「…いつか、来るかなぁ」 空が蒼い。 昔の時代も、こんな風に空は美しかったのだろうか。 「魔族と、人間が…共に暮らせる日が」 「…なんでこんなことになってんの?」 微妙過ぎる空気の中、魔法使いが口を開いた。 「俺が一番聞きたいかな」 魔王の隣に座らされた勇者が言う。 何故か、魔王、側近、勇者一行でテーブルを囲んでいるのである。 「…仕方ないでしょう。貴殿方をこのまま帰す訳にもいかない。…帰るつもりもないでしょうし」 側近はいつもに増して不満そうな声だった。 慣れた手つきで紅茶を淹れているが、動作が重いと言うか…硬い。 「あったり前だろ! 俺たちは、魔王を倒しに来たんだ!」 「ちょっと、戦士うるさい。耳にくるから」 戦士が黙るとおずおずと僧侶が話を切り出した。 「…で、この状況をというか…色々、お話しして頂きたいのですが…」 「そうだね。俺も何で魔王に好かれてるか全くもって分かんないんだけど。て言うか世界くれるの? まじで」 「この世くらいくれてやるぞ! 別に支配してる次元はあるしな!」 「ちょっと魔王様は黙って下さい。私からすべてお話し致しましょう」 溜め息をついて、側近は頭を悩ませた。 できれば勇者一行は魔王様に接触する前にこっそり始末したかったものを。 しかし今から始末しようにも、この勇者とやらは思った以上に厄介だ。 (読めない表情をしますね…人間風情の割には) 「…まず、人間…勇者。貴方は、人間にしてはまぁ悪くない外見をしています。人間にしては」 油断しない、棘を言葉に巻き付けながら話す。 「魔王様は偉大で懐の深い御方。現に、私としては喜ばしくありませんが、魔王様は人間をお嫌いではない」 「え!? どういうことだそれ!!」 「うるさいから黙って」 二度目の魔法使いの静止の声で再び戦士は黙った。 「人間との共存も視野に入れておられる。…そこに、鍵とも言える勇者が現れ、どういう訳かこうなった訳です」 「本当にどういう訳よ…」 「まぁ勇者イケメンだしな」 「戦士と違ってね」 また戦士が静かになる。僧侶はどちらの話に集中すればいいのかわからず、困った顔をしていた。 ふと勇者が窓の方に目をやると、外は早くも夕暮れていた。 このまま今日中に話が纏まるのは些か無理な話である。 そして再び側近が口を開いた。 「……最初にも言いましたが、私はこのまま貴方方を帰す訳にはいきません。かーなーり、不本意ながらも、話が纏まるまでは、魔王城に居て貰います」 「そ、側近! それは勇者が泊まると言うことか!」 予想外の嬉しい展開に心躍らせる魔王。 「只し、貴方方には魔王様の御部屋から一番遠い部屋に居てもらいます」 「ちょ、ちょっと待てよ!」 すっかり空気と化していた戦士が反論を始める。 「おかしいだろ! 大体俺達は魔王を倒しに来たんだぞ!? こんな敵だらけのとこに泊まれる訳ないだろ!」 「戦士さん…落ち着いて下さい」 猛る戦士を宥める僧侶。 「でも、戦士さんの言うことも正しいです。…どうでしょう、ここは私達のリーダーとも言える、勇者さんに決めて頂いては」 僧侶の提案に、全員の視線が勇者へと送られる。 勇者は俯きがちになり、思案しているようだった。 男性にしては長めの睫毛がその表情に映える。 「…そうだね」 ぽつりと一言、呟いたあと 「俺としても魔物と人間がもし本当に共存できるのなら、是非とも協力したいとこだ」 と言った。 「確かにそれはすごくいい世界なんだろうけど…私としては現実味なさすぎーって、思うんだけど」 出されたクッキーを遠慮無しにかじりながら、魔法使いが意見してみる。 「お前魔王城で出されたもの普通に食うなよ…」 「うっさいわね。あんたと違ってちゃんと安全か魔法で確かめたわよ」 またしても戦士が黙る。と言うか、沈む。 勇者はもうずっと黙ってりゃいいのになぁと思いながら苦笑いした。 「まぁそうだね。だから、こっちとしても条件を取り付けさせてほしい」 「条件…?」 勇者の急な提案に、側近が眉をひそめる。 「条件と言っても簡単なね。…まずひとつ、俺たちがここに滞在しているのは、絶対に秘密」 「それは此方も変な噂が出回っては困りますからね。その辺は徹底させて頂きます」 「もう一つは……俺の仲間には一切手を出さないこと」 「それはー…貴方には手を出しても良いと言う意味にも取れますが?」 真剣な表情の勇者を嘲笑うかのように側近は言った。 「出せるものなら出してみるといいさ」 その嘲笑をなんともないと言わんばかりに受け流す勇者。 側近は少し気に入らないような表情だったが暫く間を置き、「まぁいいでしょう。そちらから危害を加えない限りはという条件付きでお受けします」と答えた。 (相変わらず勇者の余裕の笑顔はこえーよな…) (あんたもあのくらいできるようになりなさいよ。表情に出すぎなのよ剣士は) 「では一番離れた部屋にご案内致しますので…」 「もう終わりなのか側近!? 我と勇者のフラグイベントがないではないか!」 「魔王様いい加減に…」 ずいっ。 隣に座っていた魔王が、まじまじと勇者を見つめる。 「…やはり美しい。アフロディテに愛された美少年のようだ、いや、それよりも美しい」 真摯な眼差しでそう言いながら、頬に指を這わせてみる。 「ひゃ、」 「おまけに声までも心地好い。名前もその容姿にぴったりな名をもっていたな」 愛玩動物を愛でるように、顎を持ち上げたところで、 「殴りますよ」 魔王の頭に鉄のような拳が落ち、メキョッという恐しい音が部屋に響いた。 「すでに殴っておるぞ! 事後報告はよせ、側近!」 「目の前にあることに早急に対応出来なくてどうします。勇者一行は私が案内しますから、魔王様はお部屋でおやすみ下さい」 有無を言わせぬ側近の単調ながら圧迫される口調に魔王は口ごもる。こうなった時の側近は面倒だ。 「…まぁ、明日も居るのだし、今日のところはよしとしよう。勇者、また会いにゆくからな!」 そうやって一人場を引っ掻き回した魔王は退室し、状況が飲み込めない数人と頭を抱えた側近が残されたのであった。 ー夜。 「でさーあのクッキー意外に美味しかったのよ」 「魔法使いお前平常心保ち過ぎだろ! どんだけ食い意地はってんだよ!」 「うるっさいなー今騒いだところでどうにもなんないでしょ脳筋!」 「二人とも落ち着いてください…」 意外にもパーティーは元気で、普段の宿屋で交わすような会話をしていた。 三つ編みにしていた長い髪を解きながら、魔法使いが思い出したようにまた喋る。 「あ、ていうかさぁ、勇者の本名、魔王知ってんの?」 「いや…俺は物心ついたときから、本名を名乗ったことはないんだけど」 そうだ、と勇者も気づいた。 確かに魔王は、「名前もその容姿にぴったりな名をもっていたな」と言った。 何故、ずっと名乗らなかった名を魔王が知っているのか…。 「でもさー、私勇者のあんな声初めて聞いた」 「あんな声って…………あ」 なんだかあのセクハラ魔王に頬あたりを触られていた時に、妙な声が出てしまった気がする。 「確かにな〜勇者いつもどっか余裕ある感じだったし?」 ニヤニヤとしながら魔王の真似のように、勇者の頬に指を這わせようとする戦士。 勇者はそれを急いで払い除ける。 「ち、違うから! もう俺寝る!」 ばさぁっと一番近くにあった毛布を顔まで被る。 くそっ、と小さく呟く。あの変態魔王のせいで、とんだ恥をかいた。 きっと今の俺は、耳まで真っ赤なみっともない顔。 あんなのただくすぐったかっただけだ。 恥ずかしい。 …なにより、少しあの手が心地好かったなんて思ってしまったことが一番恥ずかしかった。 温かさはいらない (そうは言うけど、手が熱を持ってたかすら覚えてはいない) 勇者は余裕ありそうに見えてない。人間だもの。 |