きみはうそつき 「…怒ったりとかしてるわけ?」 ふと彼はそう言った。あぁなんだ、と思う。怒っていないと言えば嘘になってしまうかもしれない。だってずっと一緒に居たのに、お世辞にも大きな背中とは言えなかったけど、その背中を追い掛けることはもう俺の日課になっていて。 それを突然取り上げられたのだから、何とも思っていないなんてそんなわけは無かった。 「…俺に、あんたを叱る権利なんてあるんですか」 だってあんたは自分で選んだんだろう。自分の今までを一瞬で否定されてそれがどうしても許せなかったんだろう。それに俺がどう口出ししろっていうんだ。 「……別に何ぶつけられよーがどうでもいいけどさ、そうやって配慮とかする倉間は好きじゃねぇな」 「はっ、あんたは嘘つきですからね〜南沢さん? ここで不満とかぶちまけて後でシメられたくないんで止めときますよ」 ほら、こうやっていつも通りの態度で、茶化してしまえばいい。南沢さんが嘘つきってのは本当だし。流石に足怪我したとか言われて保健室に色々取りに行った後「お前詐欺とか引っ掛かるタイプだから気を付けろよ」ってニヤニヤ笑われた時は殴りたくなったけど。 あとはどんな嘘を吐かれたっけな。 購買のパンが半額だとか、霧野はやっぱり女だとか、英語の課題はやんなくても怒られないとか(怒られた)、今思えば南沢さんアホじゃねぇのって嘘ばっかり言ってる気がする。 「嘘つきの嘘を信じてみるのも、楽しいかも知れないぜ?」 「俺は現実派な人間なんで。南沢さんに騙されるのはもう御免ですよ」 そんなことより、もっと、最近の南沢さんが知りたいんだ。 何をしてるのか、やっぱり内申命で優等生やってるのか、 それと、 「俺が居ないサッカーは楽しいですか」 言った途端に後悔した。しまった、こんなこと言うつもりじゃなかったのに。ただ、近況を知りたかっただけで、あなたを責めるつもりなんてこれっぽっちもなかったのに。 もう、雷門から、逃がしてあげないといけないのに。 回らない頭で数秒ぐるぐる考えていても、南沢さんからの返答は何もない。あぁもうどうしようと、フォローの言葉を考えていると、右手にほんのりと温かさが伝わってきた。 「……南沢、さん?」 俺の右手に南沢さんの左手が重なっていて、それだけなのに、鼓動が高鳴って、全身の体温が上がっていく。 今脈を測ったら不整脈だと言われそうだ。 南沢さんの手をちらりと横目で見ると、やっぱり白くて細かった。 「なぁ倉間、一瞬だけ、嘘つきじゃない俺から言うよ」 嘘つきが嘘つきじゃないって宣言しても、それは永遠に繰り返されてしまうから、真実は分からないとかそんな哲学かなんかあったっけな。 南沢さんの目が、初めて俺を視た気がした。 あんたの目はいつもどこを見てるか分からなかった。だから嫌いだったけど、そのぶん何処かで安心していた。 「何ですか、改まって。俺にさんざんぶちまけろとか言っといて、自分が言いたいことあったんじゃないですか」 やれやれというわざとらしいポーズをとって、溜め息を吐いてみる。 ほら、あんたのいつもの生意気な後輩だよ。 だから、そんな何かと向き合うような目で、俺を見ないでくれよ。 いつもあんたは、俺を見ようとしなかったじゃないかよ。 「そうだな。…そうだよ」 逆の手に持っていた缶コーヒーを、ベンチにかたんと置きながら、弱々しく笑ってみせた。 何で怒らない。 何でちょっと小突いて、「調子に乗るな、バカ」って言わない。 「俺はさ、もう転校したけどさ。…雷門にいれて良かったと思ってるよ」 「…そんな話するために呼んだんですか。あんたの方こそ無駄な配慮してるじゃないですか。俺は南沢さんが選んだんなら文句ないって言ってるじゃないですかっ…!」 そんな優しい言葉で、すべてを綺麗に終わらせようとする南沢さんが嫌だった。 全部が綺麗に終わるわけないって、所詮綺麗事は綺麗事だって一番知っているのはあなたでしょう、先輩。 「倉間、聞いて」 「…先輩命令はもう使えませんからね、こっからは聞いてないかも知れませんよ、俺」 「だったら勝手に喋るからな。…お前とするサッカー、楽しかったよ」 俺だって、あんな支配された中でも、あんたと一緒にボール追い掛けるだけで楽しかったよ。 「お前と居る時間、好きだったよ」 俺とあんたが一緒に居た時間なんて、放課後だけじゃないか。 「倉間、嘘つきな俺がさ、お前を本気で好きだって言ったら、どうする?」 ぴたり。と、思考が止まる。 さっきまで五月蝿いほど勝手な欲望や不満を渦巻かせてた思考回路が、ぱちんと弾けたようにまっしろになった。 「…嘘つきは人を愛せるんですか?」 咄嗟に口からでた言葉は、こんなにも可愛くない。 「人じゃない。お前を愛せるよ」 おいおいそれは俺が人外だという風にも受け止められるぞ。南沢さんひょっとして国語苦手ですか?あぁ、はっきりと答えが出ないこの科目は、確かにこの人は嫌いそうだな。 人外でも、南沢さんに愛されるなら、ちょっといいかななんて思う。 「お前が嘘つきを信じるかは自由だよ。でも、お前がもしこの気持ちに応えてくれたら、俺は、一生お前だけ見るよ」 そんな。 本当のことを言っているような目で。 綺麗な嘘ばかり南沢さんは言うんだ。 「…何すかそれ、ずるいですよ……」 一生 俺だけ。 それはずっと欲しかったもので、だけどどうしようもなく遠かったもの。 どうして今さらなんだろう。本当にこの人はずるい。最低でずるくて嘘つきで、だけど好きで。 だから尚更、許せなかった。 「…嘘つきの言いたいことはそれだけですか? 俺、明日も早いんでそろそろ帰りたいんですけど」 馬鹿みたいだ、と呟いた。俺が言ったのか、南沢さんが言ったのかは分からない。だけど、どっちでもいいと思った。俺達はどっちもきっとどうしようもなくて、馬鹿なんだろう。 「さようなら、南沢さん」 どうでもいい。 「…あぁ、さようなら、倉間」 どうでもいい。 どうでもいいんだ、あんたなんか。 だから、そんな、泣きそうな顔をしないでくれよ。 過去なんて、見ないでくれよ。 臆病な俺はあんたと意見を合わせることしか出来ないんだ。 だから、あんたの腕を掴んで引き止めたりなんかも、出来ないんだよ。 重ね重ねた嘘の末 ただ一つ、真実があった (君が好きだという真実が) 好きとか容易に言えるもんじゃないので、ちょっとでも拒まれたらもう離れるしかないと思う フォルテシモさまよりお題お借りしました。ありがとうございました! |