小説 | ナノ


?現パロ


その日は至極寒かった。綾部の肌はいつもより一層白くて、指先は赤のような紫のようなとにかく冷えた色をしている。そうやって労しく寒さを訴える身体とはうってかわって、綾部じしんは寒さなど平気らしく、はあ、と息をしてそれが白いのをみてはしゃぐという一連の作業に夢中だった。
「寒くないのか」
おもわず疑問に思ったことを訊ねると
「寒いです。だからあたたかいものを買いにゆくんじゃないのですか」
と私を適当にあしらって、綾部はまた息を吐いていた。まっかなマフラーがよく映える光景だなあ、と思いながら、また綾部の指先を見つめた。

テレビをみていたらコマーシャルで湯気の立ったおでんの鍋が家庭の食卓に写った。それをみて私がうまそうだなあ、とぽつりと呟くと、綾部がねそべっていたのから突然にむずと起きあがり、買いにゆきましょうといやにはっきりした声で云ったのだ。寒いし面倒だと私が駄々をこねるのもきかないで、行かないなら私の分だけ買ってきますなんていうもんだから、慌ててそこらへんに放っていたジーンズを履いて、財布一つポケットにおしいれ、部屋をとびでたのだった。

「綾部はなにが好き」
「はんぺんです」
「こんにゃくじゃないのか」
「何故こんにゃくを」
「土っぽいから」
「はあ」

綾部とはいつもくだらない話をする。私が適当な問いを綾部に訪ねると、綾部は一字いちじ、極めて丁寧に応える。それ以外にも、綾部は私が名前を呼ぶと必ずはいというし、からかうときちんと照れてやめてくださいと請う。綾部はいつも真面目な振りをして私に従っていた。

「指、冷たいだろう」
「冷たいです」

私と綾部の間に妙な距離があって、ふとした時に綾部が私を意識していたことに気付いて、どうしたものかと思われた。今まで綾部を愛しいと感じることはたしかにあったけれど、綾部に対して抱く感情はどうしても正しいものだった。でも、そのとき、私は綾部に手を繋ぐ位、してやろうと思った。その揺るぎなさとおなじくらいに抵抗もなかった。私の首らへんにある綾部の頭を見下ろす。くるくるとした灰色の髪の毛に触れたくなった。

「暖かいだろう」
「ええ、とっても」

私が綾部の右手に左手を重ねてやると、綾部は嬉しそうににっこりと笑った。ああ、また私の思うままに。しかし私にできることはこれ位のものだから仕方がないことだと納得させた。綾部の振る舞いには、直線を描くような心地よさが在ったのだ。

突然、綾部がものわかりがよいから、私は愛しいのかなという答えが頭によぎった。まさか、そう思いながらも私は急いで綾部の手を掴んだ力をゆるめてしまった。すると、綾部は私にさからって、ぎゅうと伝わる位に力を強めた。すうっと、指先からつまさきまでなにか冷たいものが流れたような気配がわたしの内側からした。そしてそれは私に全てを気付かせた。しまったと思った、私と綾部を繋ぐ温度はけして愛なんて輝かしい物でなかった。

私は綾部にきつく結ばれた手のひらを自然な素振りで無視をして、綾部の真似をしてはあ、と息を吐いた。白く淀んだ空気が目に映る。綾部の顔のかたちは見れば見るほど美しくて、酷く居た堪れなくなった。



111211
愛じゃなかった



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