小説 | ナノ

?一応卒業後


くすん、くすん。喜八郎が泣いてるみたいにくしゃみをしたから、大丈夫か、と訊いた。喜八郎はうん、とよくきこえない声で云った。落ち着かないのだろうか、膝をまるめて、何時までもくるくると髪をいじっている。お前は昔からそれが癖だなあ、笑うと喉が渇いていて、からからと鳴った。そう?喜八郎が太腿に頼りなく髪を垂らして云う。すう、すう、と、呼吸の音がきこえた。とても静かな夜だった。
「喜八郎、いいのか」
「いいよ」
「どうなるかなんて分からないぞ」
「いいよ」
ふふ、と喜八郎は笑ったけれど、私はどうしても言葉を続けられなくて、そっと喜八郎から壁に目線を遣った。小さな窓から四角く切り取られた空の紺があって、その中に月が真っ赤に輝いていた。まるで太陽のようではっと驚いたが、眼を凝らしてみると何時もの黄色い月だった。
腹の下では得体の知れない感情が依然と生まれてくるのに、頭の中は不思議と空っぽだった。喜八郎の髪や頬にはこびり付いた死に絶えたはずの者の黒い血に光が差している。鮮やかに、活きたように、生々しい。私たちも同じ様に、輝くのだろうか。
「来世だとか莫迦らしいんじゃあないのか」
「この時代なんかよりよっぽど現実的だと思うよ」
「そうやって割り切れる問題じゃないだろう」
「いいの。私滝ちゃんと死ぬ」
ぽろぽろと喜八郎は雫をたらした。まんまるい眼がゆらゆらと滲んで、美しい。きっと苦しいのだなと思った。誰だって痛いのは厭なものだ。私だって苦しい。しかし何故か涙はでなかった。喜八郎は一層涙を零していて、喜八郎は頬を濡らす度に、薄い掌で瞼を擦り付けていた。とても奇麗な光景だった。
喜八郎が膝をゆっくりと伸ばし、立ち上がった。古い床から埃が舞い上がり、不気味な音がした。喜八郎が私を見下ろす。時間がない、そう云う。私も同じく喜八郎の前に立った。背筋を伸ばし、右手に光を握る。
「寒いな」
「うん」
「そろそろだな」
「そうだね」
喜八郎はまだ泣いている。もう少しその姿を見ていられたらな、と思った。しかしもう私達に残された自由は少ない。きっと私達を追う誰かがこの場所をすぐに見つけるだろう。さあ、今こそ。私は喜八郎の眼の奥を静かに見た。それが合図だった。振り上げた右手を喜八郎の腹にゆっくりと押し込めた。喜八郎のそれも私と限りなく同時だった。

悔いはない。さほど尊くもなかった私の命なんて、どうせ此の程度が花であろうと思われた。惟、その瞬間に、お前のあるはずの仕合わせが浮かばれて、少し哀しくなった。それでなんだか死にきれない心地がして、でももう喜八郎も私も赤くって、はじめて私は泣いた。

(喜八郎、)


11/11
りんね



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -