青々と茂る森の近くで、まず木の枝を探した。私欲の遊びのために生えたものを折るという選択肢は私たちに無くて、なんとかふたつの枝を拾ったがその時間は二人で居るはずなのに一人で居るようだった。
次は拾った枝で砂地に絵を残していく。幸村様はお館様、さすけ、戦うお館様、戦うさすけ、着流しのお館様、想像上の着流しのさすけ、と枝を進めていく。私は何処。
はっ、と手を止めた幸村様がこちらを向いた。私は目を逸らす。男女のときらしくないことに気付いてくれたらしいが私も幸村様もそういったものに免疫がない。

「うあ、あ、あちらに湖があるのだが!」
「行きますか?」
「行くのか!?」
「行かないのですか?」

本人は大層な慌てようだが私は笑ってしまいそうになった。失礼この上ない。戦で先陣をきる御方が私の前となるとこうも不甲斐ない。立派な気持ちだけは伝わってくるが。
幸村様の三歩後ろについた。走り出しそうな足取りでそれはやはり戦へ向かうようなお姿。ひらひらと舞う赤の鉢巻を目で追い尻尾のように揺れる髪に惹かれる。この御方の後ろはこんなにも落ち着くのかと感動をした。

「幸村様」
「な、なんだ!腹が減ったか?」
「いえ。幸村様は?」
「俺は、俺は胸がいっぱいで三日前から飯を食べ続けたのだ!胸も腹も、裂けそうだ。お館様も叱ってくれず佐助には笑われ、昨日はあまり眠れず、今も頭の中が大騒動で働かず、風邪のように熱い」
「…あらまあ」

三歩の距離をちぢめて幼子にするように頭を撫でた。かたまってしまった幸村様から手をどけてみたがまだかたまっている。これがあの真田幸村様だとは。

「私、今幸村様の後ろは心強く、どんな要塞よりも安心できる場だと思いました。幸村様と戦に出られる者はお幸せにございます」
「そ、そうか?」
「羨ましいくらい」
「しかし俺は、お前には後ろより側に居てほしい!」
「…このくらい?」
「…」
「近すぎましたね」

少し間をあける。男女の距離とはどのくらいだろう。近くに恋仲のものを捜すが人っ子ひとり見えなかった。

「許せ」

肩を抱かれ髪が重なり次に正面から抱かれ、私の耳の上に顎が当たる。直立不動で思考が停止した。

「お側とは、このくらいですか」
「すまぬ」
「私、身動きが…」
「すまぬ」
「か、髪は食べ物ではありません」
「すまぬ…」
「…」
「…」
「着物がはだけそうです」
「な、いかん!!破廉恥だ!!!いかん!」

更に力が強まった。なぜ。うう、と呻かれて、理性と戦っているのだと察する。風で木がざわめく音や雲の動きで変わる影などを感じて私はだんだんと落ち着く。幸村様は相変わらずというか、肩が揺れだしたような。まさか泣き出したのか。

「幸村様、私ずっとこのままでも良いのですよ。お気になさらず」
「動きが取れないのであろう」
「はい、それに苦しいです。でも幸村様の腕の中は落ち着きます」
「俺は、どうすれば良いのかわからぬ。男女とは正しい道がわからぬものなのだな。どうしても苦しいことばかりだ。今も大事なお前を困らせているが離れたくない…ううっ、すまぬ」
「私は幸村様と居られるだけで幸せです」

肌で烈火を感じ、まっすぐな情に焦がされる。これだけの強い抱擁をして、大袈裟なくらいの愛の言葉を浴びせておいて、苦しいなんて。近頃は幼子のほうがよほど利口に感情を伝える。
願いをこめて頬をよせる。そのまま無垢でいてください。


とらわこ


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