(人を想う心が如何に大事なことかは常々教わってきていたが)



ひどく大きな嵐の後に荒れた土地。お館様を見習いこの甲斐の民の力になる為に畑作業や屋の復興を手伝い回っていた。まだ泥が残る道を歩いているとおなごの足元で泣く子供が見えて、ふと立ち止まる。

「その子は腹をすかしておるのか?」
「はい。でも背負うて歩きます」
「それではそなたが疲れよう」
「…幸村様、それは」
「先程貰ったのだ。二人でわけろ」
「そんな」

おなごはおおきく首を横に振る。子供を掴む両の腕の片方を取り桜餅をふたつ乗せた。おなごを泣いてしまいそうな顔にさせてしまったが子供は声を出して喜んだので良かったということにする。これで良かったのだ。

「うっ」
「どうされました?」
「すすす、すまぬ!それがし、腕……ただ餅を貰ってほしかったのだ!!」
「腕が何か?」
「こんなか細い腕を掴むなど荒々しく扱ってしまい、すまん!」

微笑みかけられ、笑われて、逃げるように走る。

「幸村様、ありがとうございます」

おなごの声に振り返ると小さく手を振られていた。
「そなたも、食え!」

言葉も身振りも返事は無かった。ふたつとも子供の口に収まってゆく。
違うのだ。



(人を想うそのことには不慣れだった)



「旦那、どっか行くの?」
「うむ…」
「どこに?おやつ抱えて散歩?」
「違う」
「どこ行くの」
「…」
「え、俺様に言えないっての?大将ー!旦那に反抗期がきたー!」
「やめろ佐助!!」
「冗談だよ。俺様も行っていい?」
「すぐ帰る」
「あそ」

小包を抱えて走り出した先は昨日の場所。泥も乾き民もいつも通りに生活をする景色を目に入れながら走り続けた。
しかし昨日と同じ場所に居ないということは考えもしなかった。俺はまだまだまだまだ未熟だ。おなごの名前も知らない。どこの家の者かも知らない。しかし甲斐の者ではある。また会えるだろうか。
左右の家を見渡して、見えない先まで見渡して、来た道を振り返った。

「もう帰んの?」
「佐助!!ついてきたのか!!」
「当たり前でしょ。俺様はあんたに仕えてんだから。つーかほんと何しに出たの。女に会いに来たとか?」
「…餅をわたしたかったのだ」
「…あら!」
「違う!鍛錬に戻る!」
「あらあら…あら〜」
「うううるさい!」
「まあまあ」
「やめろ!」
「どこの子?庶民と逢い引き?なんで居ないのふられたの?旦那もついに恋の初陣?いや〜成長したね、俺様言葉失ったよ」
「こここ恋などと!そんなものではない!どこの者かも知らん!!」
「言ってくれりゃ俺様捜すのに」
「…」
「捜そうか?」
「私情に忍びをつかうなど、できん」
「そっか」
「捜すな!絶対!」
「御意」

舞い上がり大恥をかいた気分で、走り出したかったが足がその地そのもののように動きがたず重かった。これは自分で言ったとおり餅をわたしに来ただけなのに、そこに背徳があるわけでもないのに佐助であろうと知られてはいけないと思ったこの行動には何の意味があったのか。ただこれはお館様に叱られるようなことではないが、知られると恥ずかしいことだということだけは理解していた。



(そのぶん大事にしようとしていた)



民の深い眠りにまぎれこの甲斐の地を狙った不当な輩を打ちのめし、朝日を浴びながら屋敷へと戻る道をゆく。畑仕事の手をとめて礼をのべる民の笑顔を目に焼き付けて、屋敷の前まで来ると昨日自ら会いに行き、しかし会えなかったものが居た。なぜだ。

「そなた、何を…」
「幸村様!朝から申し訳ありませぬ。私このあいだの御礼をしたく」
「礼などいらぬというのに」
「菓子折りを買う銭もなく、私がつくった団子しか返せず…」
「…ありがたくいただく」
「幸村様、先に怪我の手当てを」
「これは木で負ったかすり傷だ。すぐに治る!団子を食えば治る!」

また腕を掴んでしまいそうになり、触れない手前で結んだ手を開く。そこに団子が乗る。物を貰ってここまでの気持ちになったことは初めてで、どう伝えれば良いのかわからなくなった。

「…それがし、そなたにも餅を食ってほしかったのだ」
「ごめんなさい。私は姉なのでつい控えてしまいます」
「謝らせたいわけでもない。今度は食ってくれるか?弟にふたつ、そなたにひとつ、それがしにひとつだ!それなら良かろう?」
「わかりました」
「次の戦から戻れば餅を持って会いにゆく。どこにゆけばいい?家はどこだ。名は?うっ」

早口になると団子が喉に引っかかりむせた。やさしく叩かれる背中がかゆくて顔が熱くて苦しくて、今すぐお館様の拳が必要だと思った。呼吸がうまくできない。

「私、戦は嫌いです」
「…そうか」
「幸村様、怪我をしないでください」
「それは…」
「お餅待ってますね」
「ああ」

初めて会ったとき、弟を背負い歩くと言った。か細いおなごが言ったその言葉の強さに惹かれたが、やはり他のおなごと変わらずか弱いものなのかもしれない。俺すらこの世は背負えぬものだらけだ。
首にさげた六文銭を一撫でし、離れる背を見守る。一番槍をあげる俺はいつも己を護るよりも突き進むことを選ぶ。だが、どんな怪我をしようが三途の川をわたろうがこの地へ帰って会いにゆきたい。それは勝手な考えだろうか。不甲斐ない気持ちで屋敷に入ったが働いた帰りのためにお館様からのお叱りは無かった。



(しかし護ることは攻めることよりも難しい)



戦を終え、当然だが怪我を負い、たいしたことも無い怪我だが戦に無縁のおなごには大怪我に見えるものかと気に病む。しかし治るころにはまた次の戦が始まり今度こそ深手を負うこともあるかもしれない。帰ってこれただけでも良かったと思う。餅をよっつ包んでもらい屋敷町へ出た。

「弟は?」
「お昼寝です」
「そうか。これを…そなたが作った団子にはかなわぬかもしれぬが」
「…」
「…怪我に怒っておるのか?」

あまり目を見てくれない。やはり傷が癒えるのを待つべきだったか。しかし早く会いたかった。待てなかった。

「なぜ泣きそうなのですか」
「俺がか?泣いてなどおらぬ!」
「…」
「…ただ、苦しい。機嫌をなおしてほしい」
「私、怒っていません。幸村様に怒れるほど偉くありません」

なんと頑固な。背を向けられてしまい本当に泣いてしまうかと思った。

「祭にゆかぬか」
「…はい?」
「二人で、京の祭にゆくのだ」
「幸村様、遠いです」
「今すぐではない。いつかだ。綺麗なものを見せたいのだ。そのときは世も平和で俺は怪我をしていない。約束だ。裏切らない。俺はお前のことを好いておる!」
「わ、わかりました…」
「お前は戦を嫌いだ。俺のことも嫌うか?」
「私は、私は戦は嫌いですが戦がすきな幸村様はすきです」
「…」
「…勝手ですよね」
「俺のほうが勝手だ」

世を愛し、戦も愛す。矛盾しているが己のすべては戦に捧げるものだともうずっと昔から決めていた。俺に人を愛することはできないのだろうか。しかし笑顔を護りたくて仕方ない。
この胸の痛みが想いの強さに比例するのだとすれば、このままここで死んでしまいそうだ。


この腕で抱きたい


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