風来坊が参られた、また物が壊される、と騒ぎたてる者たちが横を走り去る。あの物珍しい格好と小さな愛らしい動物を見てやろうと外へ向かう。背後から防具の音とうるさい足音が聞こえ、振りかえると幸村様が槍も持たずに全力疾走してきていた。それは床をも壊しそうな足取りで、逃げろ、と本能に命じられ着物の裾を持って私も全力で走るが知れたものだった。追いつかれ手首をつかまれて共に走らされる。

「幸村様、幸村様っ、お止まりください!」
「慶次殿が参られたのだ!」
「私、いまその御方を見物に行くところでして…」
「行くな!」
「よー、幸村」
「うおおお」

風来坊に会い急に脚をとめた幸村様に勢いよくぶつかり、吹き飛ぶように二人で床へと転がった。

「怪我は無いか?」
「幸村様が支えてくださったので」
「絶景ごちそうさん」
「慶次殿!!!」
「はいはい見ませんよっと」
「あ、幸村様申し訳ございません!」

はだけた裾を整え幸村様の上から身を引いて指と膝をつく。ぶつけた幸村様の腹は素肌だが、赤くもなっていなかった。こんなときだが本当に毎日鍛えられてるのだと感心する。
高い音のようなものが聞こえ、風来坊のほうを見ると小さな動物がこちらを向いている。私のほころんだ顔を見て風来坊も笑い、夢吉、という名を教えてくださった。

「夢吉…わあ、手に乗りました」
「そいつぁね、あんたみたいな美人が好きなんだよ」
「び、美人…。幸村様、この御方、私なんぞを美人と…」
「美人だよなあ幸村?」
「け、慶次殿!何用にござるか!!勝負か!」
「もー!口開けば勝負だの戦だの。遊びに来た、じゃ駄目かい?あんたが恋のひとつでもしてるかさ、聞かせてくれよ」
「ここっ、この者の前で、かような破廉恥な話はやめていただけぬか!!」
「はれんち?恋がか?」
「やめてくれ!!」
「ふーん、なるほど!」

夢吉と頬をすり寄せあっていると顔を真っ赤にした幸村様がまた私の手首をとる。どうやら意地悪な風来坊から離れたいようだ。恋が破廉恥とは、私が知っている恋と幸村様が知っている恋の意味は違うのだろうか。流石に幸村様は知恵も豊富でおられる。
夢吉は握手のつもりか私の指を掴んでから怪しく笑う風来坊に飛びうつってゆく。

「行きなよ幸村」
「言われずとも!」
「恋は押しの一手だぞー」
「慶次殿!!!」

押し通るように横を過ぎてあちらこちら歩きつづける。部下を見つけると幸村様は我を取り戻したように少し後ずさりして、手は私から離れて、立ち止まった。真っ赤だった顔は神妙な顔つきになっていく。

「慶次殿をどう思う」
「豪快で、突飛で、大きな御方だと」
「惚れるか?」
「ほれ…?」
「慶次殿は、ここ恋に積極的でおられる。その上そなたを美人だと申した。破廉恥だ…」
「破廉恥…ですか?」
「ああ。だから会わせたくなかったが会ってしまった。不覚だ。慶次殿とそなたが…」

まるで戦に負けたように両手は悔しそうな拳をつくる。何が破廉恥なのかわからないが幸村様がそう言われるのならそうなのかと思う。

「幸村様、私、風来坊と恋なんぞしませんよ?」
「真か!?」
「はい」
「絶対か!?」
「はい」
「ならば会っても…」

良くない、と顔に書いてある。信用が無いのは私か風来坊か。

「会いたいわけでもないのです」
「そうなのか!」

よく表情を変える。大概この御方も豪快で突飛でおおきい。

「それに美人なんて世辞です」
「しかし!」
「しかし…?」
「俺も、美しいと思っておるのだ」

真摯な瞳に射抜かれて、目元が顔が身体が熱くなる。おおくの言葉が駆け抜けるが音のような声しか出せずに腰から砕けそうだ。風来坊とは言葉の威力がちがう。はねのけたかったが生憎幸村様も立派な男だ。力でかなわない。

「世辞ではない」
「…うう」
「泣くのか…?」
「…いや、あの、私…」

それからこの真剣な表情は、どういうことだろう。怒られてはいないが攻められている気がする。

「…ゆ、幸村様の、破廉恥!」
「破廉恥ではない!断じて!!違う!!…お館様ぁ叱ってくだされぇええ」



元来押しの一手しか知らず

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -