転入してきたというのに、どうしてそんなにつっけんどんでいるのだろう――最初に話しかけたのはただ、ちょっとした好奇心だったように思う。けれど、日にちが経つにつれてほんの少し力が抜けたようにやわらかくなった彼女の表情や態度を見て、なんとなく気づいてしまった。
 始めのころの彼女は、あの日の自分とよく似ている。


「貞治、これ」
 昼休み、息を吹き返したみたいにざわめきだした教室でぽんと机の上に投げ出されたノートを、貞治は眉一つ動かさず広げ始めた。ときどき教科書にも視線を落としながらぱらぱらとページをめくって一通り読み終えると、目の前の席で弁当の包みをほどいている名前へ向けて小さく笑う。
「――うん、いいんじゃないか」
「そう、よかった」
「相変わらず他人事だなあ」顔色一つ変えずノートを受け取った名前に、貞治は仕方ないとでも言いたげに眼鏡を押し上げる。「分からない問題があるって言ってきたのは名前のほうなのに」
「だって間違ってなかったんでしょ?」
「まあね。名前の飲みこみの早さも相変わらずだ」
 いただきます、と律儀に手を合わせた貞治に名前も倣う。転入してきたころは見られなかった仕種だけれど、中学に入ってもたびたび一緒に昼食をとるうち自分の癖がうつってしまったらしい。思わず口許をほころばせた貞治に名前は小首を傾げる。
「…なに?」
「いや、たいしたことじゃない。…ところで名前、そろそろ関東大会が始まるけど来る?」
 名前は箸を止めて、ちょっと考えてから頷く。
「…貞治が出るなら」
「まず登録されるかにもよるけど、シングルスはオーダーや展開次第だな。ダブルスなら間違いなく試合はある」
「じゃあ分かったらメールして」
「うん、了解。――と、ちょっとごめん」
 教室の入り口できょろきょろと中を見回している二人組に目を止めた貞治が席を立った。たぶん、同じ部活の子かなにかだろう。名前は貞治の後ろ姿を見てそっと息をついた。
 初めて会った日に握った手や、そう目線が離れていなかったはずの背丈がすっかり大きくなった今でも、彼がなにかにつけ自分を構うのは変わらない。それが当たり前すぎてあまり深く考えることもなくなってしまったけれど、ふとした瞬間小骨が刺さったような違和感が喉にせり上がってくるのはどうしてだろう――
「お待たせ。全く菊丸の奴、いつになったら忘れ物が無くなるのやら。…名前、どうかしたのか?」
「…なんでもない」
 窮屈そうに椅子に座った貞治から目をそらした名前は、違和感ごと飲みこむようにまた弁当を食べ始めた。
 ――どんなに考えても答えが出ないことを考えるのは、もう、嫌だ。


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