薄黄色い陽射しが水面に反射してきらきらと輝いている。ときどきちかっと目に飛びこんでくる光りに気を取られた名前がたたらを踏むと、まるでそれを予想していたかのようにぐいと強く腕を引かれた。
「あれほど足元に気をつけろと言っただろう」
「ごめん、ありがと」ため息と一緒に手を離した蓮二に、名前は眉をやや下げて笑う。「――でも、久しぶりだね」
「ああ、そうだな」
 中学に入り、名前が蓮二と二人だけで出掛けた回数は小学生のころと比べてうんと減った。たぶん片手で数え切れるくらいだ。けれども名前は、それを寂しいと思ったことはなかった。蓮二が部活や生徒会で忙しいのは知っていたし、なによりどんなに細く、今にもぷつんと切れてしまいそうな縁でも、ちゃんと繋がっていると分かっているのだから。
「ところで名前、何故今日は海なんだ?まだ泳ぐには早いだろう」
「うーん…なんとなく、かな」
「…そうか」
 名前が曖昧に笑うと、蓮二はそれ以上なにも聞かなかった。けれどいつもより口許がやわらかくゆるんでいるということは、名前の思いなどお見通しなのかもしれない。それを暗に示すように「ありがとう」と言う声に、名前は心の中で小さく首を振った。今も昔も、蓮二にお礼を言われることなんてなにひとつしていない。だって、結局全部自分のためなのだ。
 黙(だんま)りを決めこんだまま海を眺める名前を見て、蓮二はさて、とつぶやいた。
「名前、どうする?」
「…え?」
「とは言っても散歩くらいしかすることはないだろうが――おかげで久しぶりにゆっくりした時間が過ごせそうだ」
 また転ばないように、と昔よりずっと骨っぽくなった手を差し出した蓮二に、名前は微かに目を細めてから自分の掌を重ねた。
「きれいな貝を探したりとか、砂遊びだって出来るけど?」
「…貝探しはともかく、俺が砂遊びをすると思うのか?」
「ううん、思わない」
 名前は少しうつむいて、唇から息をこぼすように笑った。鼻の奥がつんと痛い。気を抜いたらすぐに泣いてしまいそうだ。
 ――どうして彼は、こんなにもあの子と似ているのだろう。
 性別も、きっと育った環境も違うのに、さりげなく名前の心を掬いあげてしまうところや、こうやって手を引いてくれる優しさがそっくりだ。だから名前は、もう二度と同じことが繰り返されないようにと願ってしまう。
「…と、名前、少し止まれ」
 涙をこらえるのに精一杯だった名前は、突然立ち止まった蓮二につられて言われるまでもなく足を止めた。すると蓮二はその場にかがみ、名前の足元でなにかをつまむ。促されるままにつないでいないほうの掌を蓮二に向けた名前は、乗せられたものを見て目を見開いた。
「蓮二くん」
「そのまま歩いていたら確実に踏んでいたからな」
「…ありがとう」
 名前の親指の爪ほどの大きさの、ところどころかすれた白い線が入った珊瑚色の貝がら。どことなく夜明けの空にも似ている。名前は決して落とさないように、けれど割ってしまうこともないように、ゆるい力をこめて手を握りしめた。まるで今のこの関係を大切にするように、あるいは途切れてしまったもう一つの縁を懐かしむように、そっと。


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