なんて静かに笑う子だろう。普通、転入生ってもっと緊張したりするんじゃないだろうか――彼の自己紹介を見ていた名前は、そんなことを思わずにはいられなかった。
 しかつめらしい顔で黙りこくっている名前とは反対に、クラスメイトたちは風にさらされた木々のようにざわざわと落ち着かない。でもそれが普通だろう。名前だって、転入生が来たらどんな子だろうかと気にしたりはする。ただ、今はそんな気分じゃないだけだ。
 はあ、とため息をつく名前をよそにちっとも静まらない教室を一喝した担任はぐるりと周りを見回して、
「ええと、柳の席は――ああそうか、名字の隣が空いてるな」
 名字、手上げてくれるか?という声に、名前はしぶしぶ右手を持ち上げた。〈ああそうか〉なんてわざとらしい。
 あそこだ、と担任に言われたとおり、周りの物珍しげな視線を気にするふうでもなく歩いてきた彼は、席につくなり名前に向けて小さく笑った。
「よろしく」
「…うん、よろしく」
 自分でも分かるほどそっけない声だ。名前が思わず〈しまった〉という顔になると、彼は名前をなだめるように笑う。まるで大丈夫だよ、とでも言わんばかりに。その表情を見た名前はぴんときた。
 ――彼は、あの子とおんなじだ。


 彼がクラスになじむのはあっという間だった。ほかの誰より頭一つかそれ以上に飛び抜けて大人びているせいで、自然と頼られるようになったのもあるかもしれない。名前にも友達がいるから一緒にいる時間はそう多くなかったけれど、授業が始まる前、それから終わった後に交わすいくつかの会話だけで十分楽しかった。

 名前にとって退屈で仕方ない授業が最後まで終わり、大きく体を伸ばしていると、帰ろうとするクラスメイトのざわめきに紛れて楽しげな笑い声が隣から聞こえてきた。誰のものかわかりきってる名前は唇をむっと尖らせて声のほうを振り向く。「なに?柳くん」
「いや、疲れたって顔に書いてあったから」
「だって今の算数わかんない問題ばっかりなんだもん」
「…ならこれから教えようか?」
 宿題いやだなあとぼんやり考えていた名前は、思わぬ言葉に目を見開いた。
「え、でもいつも放課後は忙しいんじゃ…」
「ああ、テニススクールのこと?今日はコーチが休みだから大丈夫だよ」
 転入してきたときいろいろ世話になったから、そのお礼だと思ってくれれば――そう笑い混じりに言われた名前は一瞬だけふっと表情を無くす。しかしすぐにぎこちなくありがとうと笑いながら促されるままに机を寄せた。
 もやもやとしたものを一生懸命胸の底に押しころそうとする名前は、なんとなく目についた自分のすぐ近くにあるノートにあれ、と首を傾げた。
「柳くん、蓮二って名前なんだ」
「そうだけど…知らなかった?」
「知らないっていうか…誰も呼んでなかったし」自己紹介をちゃんと聞いていなかったとは言えない名前は、ごまかしつつも思ったことをつぶやく。「でも、きれいな名前だね」
「そう?じゃあそっちで呼んでよ」
「えっ?」
 狐につままれたような顔の名前を見た彼は、なんだかさっきよりも楽しそうだ。
「俺、仲良くなった人からは名前で呼ばれることが多いから」
 呼びづらいならいいけど、と言われた名前はぶんぶんと首を横に振る。雨の後、くっきりとかかる虹を見たときのような気持ちが体の真ん中を包んだ。
「――ありがとう、蓮二くん」
 だって、もやもやとしたものが探さないとわからないほどに小さくなっている。


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