ぐっと力を入れて扉を押し開けると、ふわり、本の匂いが鼻を掠めた。
 こじんまりとした外観の通り、中は図書館と言うには少し小さい。
 でもそんなことを考えるより前に頭に浮かんだのは、トンネルを抜けるとそこは、という映画のフレーズだった。
 狭さをちっとも感じさせないゆったりとした並びの本棚に閲覧用の椅子と机、それからカウンターは、全て扉と同じマホガニーで統一されている。ココアブラウンをこっくりと深くしたような落ち着いたブラウンが基調にされている図書館は確かに珍しい。
 けれど突然映画のことを思い出したのはきっと、そのマホガニーたちをほんのりと照らす辺り一面に張られた色とりどりのステンドグラスから差し込む光りがあんまり優しくて柔らかいせいか、なんだか扉一枚隔てただけの外から切り離されたような気持ちになったからだと思う。
 意味も無く泣きたくなって立ちつくす私のすぐ横から掛けられたこんにちは、という声も、だから一瞬幻かと思ってしまった。
「こ、こんにちは」
「…ああ、もしかして名前ちゃん、かしら?」
「え?あ、はい」
「ここ、図書館っぽくなくてびっくりしたでしょう」
「はい。…でも、すごくきれいです」
 ありがとう、と瞳を細めたその人によると、何でもここは取り壊されそうになっていた宗教的な建築物をここのオーナーに当たる人に買い取られて、さらに改築して出来たのだそうだ。
 それから、ここで司書として働く彼女と私の学校の司書さんとは昔からの友達で、私が今日ここに来ることも前もって聞いていたらしい。
 声を潜めて話される言葉ひとつひとつに驚きながら相槌を打っていると、ふとたくさんのステンドグラスの中でもとりわけ多く使われている色があることに気がついた。
「…あの、どうしてここのステンドグラスって薄い黄色が多いんですか?」
「ああ、あれ、私も色辞典引いて調べてみたんだけど、サンシャインイエローにすごく近いのよね。 …そう考えるとなんとなく分かる気がしない?」
「…確かに」
 きっと元々ここを建てた人は、お日さまの光りがたっぷり差し込むように、或いはそう感じられるように願ってこの色を選んだに違いない。
 そんなことを言った私に、ここの空気にぴったり溶け込んでいるその人は、そうね、とさっきよりもさらに綺麗に瞳を細める。
 そうして私は、見たことが無いのにどこか懐かしさを感じてしまう不思議な図書館にきらきらと降り注ぐ、その淡く優しい黄色をずっと忘れることは無いだろう、と強く思った。


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