一度捨てたものをまた手に入れるのは想像よりずっと大変だったけれど。
 それでも、ジローくんのあのキラキラした笑顔を頭に思い浮かべれば不思議と頑張ることが出来た。


 カウンセリングの為に学校を休みがちな日々が半月以上経った今日、私は小さなベンチに腰掛けながら何年振りか分からない通話ボタンを押していた。あの人と会った時と今とで緊張の度合いがあまり変わらないのが可笑しくて、少しだけ笑う。もちろん緊張の種類は全く違うのだけれど、鼓動の早さにそう変わりはなかった。
 7コール目で漸く聞こえてきた声に、ますます心臓が早鐘を打つ。
「……もし、もし」
『ん〜…誰?』
「初めまして…なのかな。名前、です」
『…え?…ええ?!』
 通話中の画面に私の名前が出ていることを確認したのか、彼はあまり長くない間の後眠気なんてすっかり吹き飛んだかのような大声で驚いてみせた。耳から直接伝わってくる声は機械越しであってもジローくんのそれでしかなく、くすぐったいような嬉しさに少し口許が緩む。
 でも、ジローくんはさっきからずっと黙ったままだ。
「…ジロー、くん?」
『…あ、ごめん。今どこにいる?』
「えっと…氷帝の、すぐ側の公園、だよ」
『…分かった。今すぐ行くね』
 そのまま電話が切れてしまうと、今度は急に不安になった。理由もよく分からないのにぐるぐると渦を巻くそれに耐えるように胸元で手を握りしめながら、朱く染まりだした空を見上げる。
 五分ほど経って来てくれたジローくんは少し息が切れていて、急いで来てくれたんだ、そう思うと不安がすうっと消えてゆく気がした。
「ほんとに…本当に、名前ちゃんなの?」
「…うん」
「声、出せるように、なったの?」
「まだ、途切れ途切れだけど、ね」
「…それでも、俺、」
 ――すごく嬉しい、と。
 その言葉が耳に届いたのと同時に涙が堰を切ったかのように溢れ出して、私は声を上げて泣いた。…感情が、抑えられなかった。
 他人に興味を持てなかった。…興味を持つのが、怖かった。あの人が、実の母親が私のことを「いらない」とたった一言で切り捨てた時みたいな気持ちなんてもう味わいたくなかったから、だから里沙ちゃんが私を理解してくれるだけで十分だと思っていた。
 でも、今は違う。
 声が戻ったことをこんなにもジローくんが喜んでくれたのがうれしい。お日さまみたいなジローくんが、いとおしい。…傍に、いてほしい。
 私の頭を抱えるように引き寄せつつ背中を撫でる手の温もりの優しさにつられて泣きながら零した声は、掠れてしまって吐息ほどの大きさだったけれど。
 背中へと移ったジローくんの両腕に籠められた力の強さが、ちゃんと私の言葉が届いたことを示していた。

 
(すき、)


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