『ねぇ、ジローくん』
「ん〜?」
『…わたしの声が出たら、うれしい?』
 この間のカウンセリングから、いや、きっとそれよりも前から気になっていた事を聞くと、うとうとしながら私の口の動きを追っていたジローくんは目を見開いた。
 あれ、もしかして…?
『…わたしの喉の病気のはなし、うそって言ってなかったっけ…?』
「ええ?!そうなの!?」
 しまった。
 私にとってジローくんはもうとっくに里沙ちゃんくらいに気を許せる人で、だからもうこの話はしてあったと思ってたのに。
 みるみるうちに悲しそうな、それでいて複雑そうな顔になるジローくんに慌ててメモに声を捨てた事情を書こうとした私の手は、どこか躊躇いがちなジローくんの手に遮られる。その優しさは私の心音を早めるだけじゃなくて、何故かずきずきとした痛みをもたらした。
「…名前ちゃんの声は聞きたいけど、」
『……』
「それ以上に辛い思いはしてほしくない、って気持ちの方が強いよ」
『え…?』
「…だって、それほど悲しいことがあったんでしょ?」
 そう言ったジローくんはいつもの明るい彼からは想像もつかない程優しい表情をしていた。何も聞かないでいてくれた彼に救われている、だなんて感じる自分は、どれだけ甘えているのだろう。
 弱い自分への情けなさや苦しさが溢れて、声にならない声を上げて泣き出した私に彼がそっと差し出したのは、無くしていたと思っていた間違いなく私のお気に入りのタオル。
 それは、前にジローくんが言っていた「もう1つの出会い」を思い出すには十分すぎるものだった。
『ジローくん、これ…』
「へへ、思い出した?」
『う…うん』
「返すタイミング掴めなくってね〜」
『…ねぇ、ジローくん』
「ん?」
 あのときからそれなりに時間が経った今、現実から逃げている弱い私を知ったはずのジローくんは私の傍に居て、こうして笑ってくれる。そして私も、そんなジローくんの傍に居たいと思った。
(…だから、私も、もう)
 いきなり携帯を取り出した私に対して不思議そうな顔をするジローくんに赤外線して、とだけ言ってアドレスと…電話番号も一緒に交換する。まだ状況の分かってないジローくんに行ってきますとだけ伝え、引き止める声を無視してその場を立ち去った。
 もう、逃げない。
 だから、最初に私の声を聞くのはあなたであってほしい。
 雲一つ無く綺麗に晴れた空も、そこに浮かぶ太陽も、それでいいんだと笑ってくれた気がした。

 
(笑って帰って来るのは無理かもしれないけれど、)


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