思い出した日以来、元々優しかったジローくんがなんだかさらに優しくなった気がする。上手く言葉には、出来ないけれど。
 でもその反面、時々ふっと寂しそうな顔をするようになったのが気になってしょうがない。
『ねぇ、ジローくん』
「ん〜?どうかした〜?」
『どうしてたまにさみしそうな顔、してるの?』
「…俺そんな顔してた?」
 こくり、と私が頷くと、ジローくんはそっかぁとだけ言って黙り込んでしまった。
 また、寂しそうな顔をして。
『ジローくん…』
「名前ちゃん、そんなに裾引っ張ったら伸びちゃうCー…」
『ねむい、の?』
「ん…おやすみ…」
 そう言うなりこてん、と寝てしまったジローくんの頭をそっと撫でてみる。髪の毛は見た目通りふわふわで柔らかくて、ジローくんそのものだなあ、なんて思ったら、
『あ、れ』
 涙が出た。
 ぽろぽろと流れるそれがジローくんの顔に落ちてしまって、起こさないように慌ててカーディガンの裾で拭いつつ思う。
 ――私は結局、何も返せないんだと。
 いや、優しくてたくさんのものを与えてくれるジローくんに、過去に向き合うことさえ出来ずに立ち止まったままでいる私が出来ることなんて元々何も無いのかもしれない。
『ごめん、よわくて、ごめんね』
「………」
『……、なんか、馬鹿みたい…』
 そこまで思ったところで、ふと我に返った。
 私は今まで里沙ちゃん以外の誰かを必要としてるだなんて思ってなかったはずなのに、どうしてジローくんが寂しそうな顔をしていただけでこんなに泣く必要があるというのだろう?
 何も返せなくて申し訳無いと思うなら、いっそ。
『……、』
 ジローくんが起きてしまったら気持ちが揺らいでしまうから、と静かに立ち上がった私は、歩こうとする前に寝ている筈の彼の手によってすぐにその場に引き留められてしまった。
「…ねぇ、名前ちゃん」
『…!?…びっくりした…なに?』
「名前ちゃんは覚えてないみたいだけど、俺が壁打ちしてた時よりも前に、俺と名前ちゃん会った事あるんだよ」
『え…?』
「思い出してくれなくて寂しかったから言っちゃったけど…ここから先は名前ちゃんが思い出してね!」
『ジローくん…』
 ――寂しい顔をさせていたのは私、だった?
 言うだけ言ってすっきりしたらしく、約束ね、と小指を絡ませて楽しそうに笑うジローくんを見て、これからどうしたいのかという答えを簡単に出すことが出来た自分に頭が真っ白になってしまった。


 
(蓋をしようと思ったけれど、そんなものは見つからなくて、)


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