約束をしていなくても私がサボったときにはほぼ確実にジローくんがいて、逆にどうして今まで会わなかったのだろうとは思ったけれど。とにかく、何度か会っていくうちにジローくんは私の口の動きを少しずつ理解してくれるようになって、最近では私が話す早さは里沙ちゃんより少し遅いくらいまでになっていた。
「ねぇねぇ、最近メモ使わなくても分かるようになったよね!俺嬉しくてさぁ!」
『わたしもそう思う、びっくりしたよ』
「あ、そーだ!今度部活見に来てくれない?」
『え…』
 里沙ちゃんから聞いて初めて知ったのだけれど、ジローくんは中学の頃からずっとテニス部で、高3になった今、中3とレギュラーメンバーは同じなのに彼らの人気(と言ってもそのほとんどが跡部くんに向けられているものみたいだけれど)は三年前よりも上がった、らしい。練習を観に行ったことは無いけれど、テニスコートのフェンスの周りをぐるりと女の子が囲んでいるのは見たことがある。
 あの騒がしい雰囲気は、苦手だ。
 そんな風に思っていたのが顔に出ていたのか、ジローくんはあぁ、と少し困ったように笑った。
「女の子たちがうるさいから気がひける?」
『……うん』
「やっぱCー?でもねー、実はいい場所があるんだよ」
『…?』
 着いて来て、と言われるがままに立ち上がると、何故かジローくんは私の手を引きながら歩き出す。今が授業中で誰もいないからか、それともその体温が優しかったからか。どちらにしろ、その手を振りほどく気にはならなかった。
「…着いた!ここだよ!」
『…図書館?』
「そーそー、ほら、この席棚に隠れてるじゃん?だから人目に着かないんだよねー。でもテニスコートはちゃーんと見えるんだよ!」
 俺の秘密の場所なんだ、そう悪戯っぽく笑ったジローくんにさっそく今日見に行く約束をすると、ジローくんは名前ちゃんが練習観てくれるなら寝ないで頑張る!と笑って、じんわりと胸があったかくなった。


 次の日。
 相変わらず天気が良かったせいもあるけれど、なんとなくジローくんが来てくれるような気がして、私の足は屋上へと向かっていた。目を閉じてうとうとしているうちに勢いよく扉を開ける音と聞き慣れた足音が聞こえて、ああやっぱり、と思いながら振り向く。金色が太陽を浴びて眩しいのも相変わらずだ。
「名前ちゃーん!」
『ジローくん、見たよ、すごかった!なんであんなに手首まがるの?』
「あ、ちゃんと見ててくれたんだー、ありがとー」
 そう言って照れ臭そうに笑ったジローくんにふと、誰かの影が重なったような気がした。彼がテニスをしてるときもどうしてかずっと感じていたそれは、多分既視感と呼べるものだと思う。
 もしかして、私、ジローくんとどこかで会ったことが――?
「…名前ちゃん?どうかした?」
『あ、ううん、なんでもない』
「ならEーけど…具合悪いならちゃんと言ってね?」
 具合は悪くない。
 けれど、ひたむきにボールを追っていたジローくんがちらついている曖昧な記憶を思い出せないのは、気持ち悪い。
 心配そうに顔を覗き込んでいるジローくんにも気付かないまま、私は声が出なくなったときでさえ感じなかったもどかしさを感じていた。


 
(それは、ほんとにあたらしい?)


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