「うわ…すごい人」
 練習試合だけど人はたくさん来ると思うよ、とジローくんが言っていたけれど、ここまでとは思わなかった。大勢のギャラリーは勿論、応援団のような人達や他校の偵察らしき人までいる。
 ジローくんに勧められた通り図書館から観ることにしたのは本当に正解だった。
(…あ、次、かな?)
 初戦からテニスをよく知らない私でも分かるくらいレベルが高い試合に圧倒されたせいで思わず少しぼんやりしていると、いかにも眠そうなジローくんがコートに入って行ったのが見えて我に返った。ほんのさっきまで寝てしまいそうだったのに、試合が始まった途端元気そうに動き出したということは、やっぱり相手の人も強いらしい。
 あちこちに動く柔らかい金髪が、なんだかいつも以上に眩しく思えた。

 ジローくんの試合が終わってしまった後も、一緒に帰る約束を守るために続きの試合をずっと観ていた。知らない人達のものとはいえ全く退屈することは無く、むしろわくわくするような気持ちでいられたおかげで時間が過ぎるのが早かった気がする。
 閉館時間になってしまった図書館を出て待ち合わせ場所へと向かい、しばらくして空がほんのり朱く染まり始めた頃、ジローくんがばたばたと走りながらやって来た。
「名前ちゃん!遅くなってごめんね!」
「図書館で借りた本読んでたから、大丈夫だよ。…あ、これあげるね。お疲れさま」
「え?ドリンク?」
「うん、家で作って来たの。もうほとんど溶けてるけど、凍らせてきたから冷たいよ」
「うわっ、超嬉Cー!ありがとー!」
 薄めのスポーツドリンクにハチミツとレモン汁を入れただけの簡単なものなのに、ジローくんは大袈裟なくらいに喜んで飲んでくれた。疲れが吹っ飛んだと笑うジローくんにじわじわと込み上げてくる気持ちは、紛れも無く、
「…ちゃん、名前ちゃん」
「えっ?」
「どしたの?ぼーっとしてた?」
「う、うん」
 そっか、とジローくんは優しく笑う。特に声が出るようになってからは何度も見ているこの笑顔にはどうしてか未だに慣れることが出来ない。熱くなった頬を隠す為に軽く俯いていると、額に何かがこつんと当たり、ぎゅ、と両手を握られる。視界に入るのがジローくんの少し着崩れた制服、ということは、考えるまでもなく額に当たっているのはジローくんの額、しかない。
「じ、ジローくん?」
「…俺さ」
 距離の近さに耳まで熱くなりながら名前を呼んだ口は、ジローくんの真剣な声に遮られた。握った手に籠められた力が少し強くなる。
「名前ちゃんに会えて良かった」
「……………」
「名前ちゃんは知らないと思うけど、名前ちゃんがいるから今の俺は頑張れてるし、毎日楽Cー!って思えるんだよ」
「私、だって…ううん、私の方がそう思ってるよ…」
「…ありがと」
 ジローくんはそう言ってくっついていた額を離した。自然に目が合うと、お互いに少し照れ笑いを浮かべつつ帰ろっか、と手を繋ぎ直す。
 見た目と裏腹にごつごつした手のあったかさと、少し滲んだ綺麗な夕焼けを一生忘れることが無いように、とひそかに心に刻み付けながら、ジローくんに並んで歩き出した。

 
(太陽の君と、ずっと、)


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