また声を出すようになってから里沙ちゃんはいっぱいお喋りしようね、と泣きながら笑ってくれて、同じクラスの子とも少しずつ話すようになった。
 今になってやっと、私を取り巻く世界は思っていたよりずっと優しいものだという事を知ることが出来た。
「あれー?名前、どこ行くの?ご飯は?」
「…屋上、だよ」
 たくさん、たくさん泣いたあの日、私は声を捨てた理由と、学校を休んでいる間どうしていたか、そして自分と向き合う為にあの人に会いに行ったことをジローくんに話した。しゃくり上げながら話していたから聞き取りにくかっただろうに、ジローくんは私の背中を摩りながら一言一句聞き逃さないように聞いてくれて、全部話し終えた後は頑張ったね、と言ってくれたのだ。誰かに認めてもらえることがこんなに嬉しいだなんて知らなかった私はその一言でまた大泣きしてしまった。…もちろん、その『誰か』がジローくんだったから、というのもあるだろうけど。
「…ジローくん、」
「!、名前ちゃん!」
 まだあまり大きな声は出せない。それなのに、名前を呼んだらすぐに目を覚ましてくれる。そのあとはにこにこしながら他愛のない話をして、笑ったり驚いたりする。
 それは他人からすればほんの些細なことで、でも私とジローくんにとっては決して小さくなんかない“特別”だ。
「う〜…最近部活厳しいからねむい…」
「…?何かあるの?」
「今度ね、立海っていうマジ強いところと練習試合やるから跡部が張り切っちゃっ…あ!名前ちゃん観に来てよ!」
「…いいの?」
「もちろん!名前ちゃん来てくれるなら俺めっちゃ頑張れるCー!」
 じゃあ行こうかなあ、と私が言うとジローくんはぱあっと嬉しそうに笑い、ぎゅっと力を篭めて私の手を握った。その笑顔に私も嬉しくなって繋がれた手を握り返す。
 ――本当は、問題が解決したわけじゃない。私は今もあの人にとっても要らない存在だし、声も届かないまま。それでもあの人が私を産んでくれなかったらジローくんや里沙ちゃんには会えなかったのだと思うと、不思議とあの人に感謝の気持ちさえ抱けるようになれた。
 そう考えると今の私があるのは本当に里沙ちゃん、そしてジローくんのおかげだ。
 握っていた手からありがとうの気持ちを伝えるようにもう一度力を篭めると、ジローくんは痛い痛い、と冗談めかして笑った。

 
(きみとふたり、よく晴れた空の下)


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