遠くの方からわあっ、と歓声が聞こえて、名前はゆるゆると瞼を開いた。どうやら長いこと寝てしまっていたらしく、茜色が起きたばかりの目に染みた。
 ぐうっと伸びをしながら、散っていく桜をぼんやりと見上げる。それからどれほどの時間が経っただろう、ぱたぱたと複数の足音を聞いた名前はへらりと笑った。
「3人とも、お疲れさま。はいこれ」
「スポーツドリンクじゃん!サンキュ!」
「んー、亮ちゃん達の試合が終わったあと買ったからちょっとぬるいかも」
「別に構わねぇぜ」
「ていうか、結構冷たいC〜」
「ほんと?良かった…あ、亮ちゃん髪ぐしゃぐしゃ。ここ座って」
 名前が今まで座っていた場所をぱしぱしと軽く叩く。宍戸は急いでたんだよ、とぶつぶつ言いつつ特に抵抗することも無くそこに腰を下ろした。
 そうっと宍戸の髪を結わえているゴムを抜き取った名前を見て、向日はけらけらと楽しげに笑う。
「名前って手先不器用なくせに人の髪結ぶのだけは上手いよなー」
「自分の髪もあんまり上手く結べないのにね〜」
「まあ、亮ちゃんで慣れてるからね。…痛くない?」
「おう」
「つうか名前、俺達の試合までしか観てなかったんだろ?あの後凄かったんだぜ!」
 さらさらと揺れる黒髪を痛めないように丁寧に梳き始めた名前は、向日と芥川がこと細かに話し始めた言葉を、時折相槌を打ちながら聞いた。
 二人の試合の後に忍足という新入生が来て跡部と試合を始めたこと。その試合中現れた月刊プロテニスの記者に、跡部が実はヨーロッパのジュニア大会で活躍していたと教えてもらったこと。結局その試合でも跡部が勝って、氷帝のテニス部は完全実力主義の部活へと変わったこと。そして。
「…俺さ、あいつとなら全国目指せるって思うんだ」
「…うん。がっくんとジロちゃんの話聞いて私もそう思った。…亮ちゃん、出来たよ」
「ありがとよ、じゃ帰るか」
 宍戸がズボンの埃を払い、ラケットバッグを背負ったのを見て名前もゆっくりと立ち上がった。これからは4人で帰る機会がうんと減るんだなあ、そう考えて少し寂しくなる気持ちを名前は笑顔で押し込める。
 他愛もない話をしながら歩く道はやけに短く感じた。
「…と、亮と名前はこっちだっけ。じゃ、また明日な!」
「明日ね〜、おやすみ〜…」
「おう、じゃあな」
「ばいばい!」
 手を振って、分かれ道を歩く。向日の寝るな!と叫ぶ声を聞いて名前は小さく笑った。その頭を宍戸が軽く撫でて、同じように笑う。
「亮ちゃん?」
「心配しなくても俺もあいつらもそう簡単に変わんねえって」
「…うん!…ね、亮ちゃん」
「ん?」
「私、亮ちゃんがレギュラーになってテニスするの、誰よりも応援してるから」
「…お前も昔から変わんねえな。サンキュ」
 言うと、宍戸は今日初めて屈託無く笑った。どことなく沈んでいたような表情がようやくいつものものに戻った気がして、名前はほっと安堵の息をつく。
 それからまた二人、影を並べながら行きにも負けないくらいたくさんの話をする間中、あっという間に過ぎてしまうこの時間をいとおしむように、名前はずっと笑っていた。


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