「…何だよ、あの人だかり?」
「確かあそこは、学食なんかがある交友棟だったよな?」
 向日と宍戸が二人して首を傾げたのを見て、名前も芥川と目を合わせた。けれど幼稚舎のときに見学したときは特に変わったところも無かった筈で、結局は名前達も首を傾げる。
 行ってみれば分かるだろうと、相変わらず宍戸が名前の手を引きながらも人の波を掻き分けるようにしてまず見たのは、およそ中学生のそれとは思えない学食だった。
「うわあ…」
「ここ、マジで学食か!?」
「まるで高級フレンチレストランだぜ…」
 薔薇の花が飾られたテーブルに、ベルベットであろうシートが張られた椅子。確かにこれは向日の言う通りだと名前は頷く。なんとなく嫌な予感がして顔を引き攣らせた名前だったが、少し遅れて来た芥川がキラキラと目を輝かせていたのを見て口許を緩めた。
「ね、ね、名前、あそこ!ビュッフェあるけどサービスなのかな?」
「ジロちゃん、お腹空いたの?」
「ん〜、ちょっとね」
「おい来てみろよ!こっちも凄いことになってるぜ!」
 お腹空いたの?と訊きつつ、名前もビュッフェの中にある美味しそうなスイーツを目敏く見付けて芥川と一緒にほわほわとした笑顔を浮かべていると、誰とも知れない興奮気味の声が聞こえた。
 何だろうね、また二人で首を傾げるも、宍戸が握ったままの名前の手を軽く引いたので、素直に着いて行くことにした。


 最新鋭のマシンが揃ったジムに温水プール、映画館にしか見えない視聴覚室。
 そんなものを見た4人は驚き、けれどこれがあの跡部がやったことだと知って妙に納得した。ついでに名前は跡部が代表の挨拶のときに何を言ったのかを、宍戸に聞くまでも無く知ることになったのだが。
「…跡部財閥のお坊ちゃんだか何だか知らねぇが、伝統あるテニス部だけは絶対に奴の好きにはさせねえ!」
「このスイーツ、マジでうまいぜ!」
「…がっくんよく食べるねえ…」
「お前が食わなさすぎなんだ…って、ちょ!何すんだよ亮!」
 がつがつと音が付きそうなほど勢いよく食べ続ける向日を名前が呆然としながら見ていると、宍戸が唐突にその皿を取り上げた。
 ちなみにそれをぼんやりと目で追っていた名前は僅かな量の食事をつい先程食べ終えたばかりで、同じく既に食べ終わった芥川は名前の隣で机に突っ伏して眠っている。
「岳人!お前も少しは真面目に考えろよ!あの跡部って奴にテニス部をめちゃくちゃにされっかもしんねぇんだぞ!」
「…返せよ、スイーツ」
「俺はな、全国狙う為にテニス部入ったんだよ!なのにお前はテニスよりスイーツか!」
 苛立ちの中に混じる、怖いくらい真っ直ぐな瞳。それを見た名前はなるほど、宍戸がその跡部という人に苛立っているのはおそらく生理的に受け付けないのもあるけれど、一番好きなテニスを侮辱されたら堪らないと思っているのだろうと頷いた。
 ぴりぴりとした宍戸の声を聞いた向日は一瞬ふっと真面目な顔を作り、けれどすぐに自信を滲ませた笑みを浮かべた。
「そう心配するなって。…大体ジュニア大会で『跡部』なんて名前聞いたことあるか?」
「…そういや無いな」
「だろ?でっかい事ほざいたって、すぐに泣きを見るっつの!」
「…まあ、それもそうだな」
 だろ?と笑った向日はこれにて一見落着、とばかりに宍戸が持っていた皿を取り返し、そうしてまた手をつけ始めたところで唐突に名前に向き直る。好奇心に満ちた瞳を向けられた名前は、どうかした?と目を丸く見開いた。
「なぁ名前、お前はどう思う?」
「え?なにが?」
「だから、跡部って奴のこと!」
 あの人のことか。名前は呟いてしばし考える。
 直接跡部を見たのはあの高笑いの瞬間だけで、そこだけ切り取ったならただの変な人だ。ただあの人は私達に最高の環境を提供するとか何とかの為にこんなことをしたのだとか。
 芥川がうつらうつらと目を開けたのにも気付かないまま、名前はにっこり笑った。
「…凄い人、だよねぇ」
「は?凄い?」
「うん、だって自分のお金でもないのにぽーんとこんなこと出来ちゃうんだよ?」
 だから、色んな意味で凄い人。
 にこにこと一見機嫌良さそうに笑っている名前ではあるが、瞳の奥はひんやりと冷たい。それに気付けるのは余程鋭い人か、この幼なじみ3人だけだろう。
 質問した向日とそれを聞いていた宍戸が名前の頭をぐしゃぐしゃと掻き回すと、すぐに名前はまたへらりと笑う。
(なんだかんだ名前って宍戸と怒るツボが似てるC〜…)
 そんな芥川の微かな呟きは、賑やかな食堂に紛れて消えた。


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