ざわざわと騒がしい会場に目を開きながら、名前はああやっぱり寝ちゃったんだなあと他人事のように思った。もう退場かと寝惚け眼を擦りそろそろと周りを見回すと、その騒がしさは決して式が終わったなどというものではないことに気づく。
 原因は探すまでもなく理解できた。
「ハァーッハッハッハ!」
「…………………」
 何あれ。
 名前は内心かなり引きながらも、かろうじてその呟きを口の中に留めた。自分が寝ている間に何があったのかを聞こうと隣の子を見る。彼女は名前の視線に気付く事なく、頬を紅く染めてじっと壇上を見詰めていた。見たことが無い顔だから多分、外部の子だ。ついでに言えば未だ高笑いを続けている彼も知らない顔。面倒そうだから話しかけないでおこう、と今度は斜め前に座る幼なじみに目を向ける。彼の視線も壇上に向かっていたけれど、その背中や僅かに覗く横顔は何故かとても不機嫌そうだった。当然壇上の少年より宍戸の方が気になる名前は、どうしたんだろう、と首を傾げる。
 司会進行の先生が慌てて生徒を静める声が、どこか遠くからのもののように聞こえた。


「跡部とか言ったっけ?ったく、とんでもねーヤローが入学してきたな」
「1年のくせにキングとか抜かしやがって…身の程知らずもいいとこだぜ」
「でも、ちょっと面白かったCー」
「うぅん?」
 無邪気に笑う芥川を不快そうに睨みつけた宍戸だったが、すぐに名前の寝惚けた声に気付いたらしい。宍戸とぱちりと目が合った名前は曖昧な笑顔を浮かべてみせた。
 必要事項の連絡や自己紹介といったHRも終わった今、向日、宍戸、芥川、そして名前の4人は校舎内をうろうろと歩いていた。と言っても暇を持て余しているわけでは無く、部活見学が始まる時間までに設備を確認しつつお昼ご飯を食べよう、ということになっているのだけれど。
「…名前、お前やっぱり寝てたのか…」
「だって朝早かったし…あ、でも、最後の方は見てたよ?」
 亮ちゃん不機嫌そうだったね。そう言って名前が眉を下げると、まあな、と宍戸は溜息を吐き、けれど名前の首元を見て少し笑った。廊下の端の方まで名前の手を引き、緩んだ、というより形が崩れたネクタイをしゅるりと抜き取る。
「ほら、」
「ん」
 それだけで理解した名前はへらりと笑いながら、首を突き出すようにして顔を上げた。歪んでいたネクタイが宍戸の手によってあっという間に、けれども決して苦しくないように結び直される。
 名前がお礼を言うよりも早く、すぐ隣にいた向日がそういえば、と口を開いた。
「ん?どうかしたの?」
「アイツもテニス部に入部希望出してるらしいぞ」
「何?!あの野郎と俺達がチームメイトってか!?」
 ぐるん、宍戸が向日に半ば叫ぶようにして振り返った瞬間、4人の目の前を何人かの新入生が通り過ぎた。その中から聞こえて来る声は、きゃあきゃあと随分浮かれている。
「…?」
 顔を見合わせた4人はうん、と頷き、行ってみようと軽く走り出す。
 当たり前のように宍戸は名前の手首を取っていて、向日や芥川も本当にゆっくり、彼等にとっては小走りとすら言えないくらいの速度で後ろにいる。それが自分の為だとよく分かっている名前は、ありがとう、と、誰にともなく、噛み締めるように呟いた。


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