やったじゃん、すげえな、おめでとう――そう口々に笑う同い年の仲間の言葉を、宍戸はなんとなく素直に受け入れられずにいた。確かに試合はさほど苦労せずに勝てた。それだから調子が悪いわけでもない。ついさっきまでコートに膝をついていた先輩の悔しげな顔だって、実力主義というルールのことを思えばあまり気にならなくなった。じゃあこのうれしいと感じる気持ちの底にあるもやのようなものはなんだろう――と宍戸が首を捻っていると、誰かに勢いよく背中を叩かれた。
「いって!」
 なにすんだ、と宍戸が怒鳴りつけるより早く、つまらなそうな顔が二つ両隣に並ぶ。思った通り、向日と芥川だ。
「お前さー、なんでそんなに暗い顔してんの?せっかく勝ったんだからもっと喜べよ!」
「そうそう!これで準レギュラー決定じゃん!」
「…これでも一応喜んでる。けど…」背中の痛みで吹き飛ばされていたもやが、また戻ってきてしまった。正体のつかめないそれにいらいらしながら、宍戸は乱れるのも構わずに自分の髪をぐしゃぐしゃとかきまぜて、一つ大きなため息をつく。「――よくわかんねえ」
「はあ?亮がわかんないことを俺らがわかるわけねえだろ」
 むっと下唇を尖らせた向日に、芥川が小首を傾げる。
「俺たちならそうかもしれないけど、名前だったらわかるんじゃない?」
「お、言えてる」
「…おいジロー、岳人、なんでそこで名前の話になるんだよ」
「だって――」
 芥川がいたずらを成功させた子どもそのものの笑顔で口を開くと、ふとコートの向こうから鋭い声が飛んできた。
「そこ!いつまでくっちゃべってんだ!さっさと練習に戻れ!」
「げ、跡部だ」向日が嫌そうに顔をしかめる。「亮、ジロー、戻ろうぜ。名前の話は部活終わってからでも出来んだろ」
「そだね〜」
「…おう」
 なんだかうまく収まりのつかない心地のまま、宍戸は向日と芥川の後ろを歩きだした。


 用事があるという芥川や向日と別れ、着替えを終えて門を出ようとした宍戸は目をまるく見開いた。「なんでここに」と口の中でつぶやくと、その微かな声が聞こえたかのように少し離れた先にいた影が振り向く。
「亮ちゃん!」
「名前…お前まだ帰ってなかったのかよ!」
 思わず宍戸が駆け寄ると、名前はどこか面映ゆそうに笑う。
「ジロちゃんにね、今日亮ちゃんが試合勝ったら準レギュラーって聞いたんだ。そんなの観ないわけにはいかないから」
「だからって…今日外暑かっただろ?またぶっ倒れたらどうすんだよ」
「がっくんにコートがよく見える教室教えてもらったから大丈夫。…でも亮ちゃん、どうして試合のこと教えてくれなかったの?」
 名前はふっと笑顔を消して「それに」と眉を下げる。
「亮ちゃん、あんまりうれしくなさそう。なにかあった?」
 同じ方向に歩く四つの足を見るともなしに眺めながら、宍戸はゆっくりと言葉を探す。部活中からずっと、もやは消えることなく宍戸の胸の真ん中にあった。
「…俺にもよくわかんねえんだ」
「うん」
「名前に言わなかったのは…正直、いつもより試合のことで頭がいっぱいだったからだと思う。でも、それぐらい集中して気合いも入れてた試合に勝ったのに、なんか素直に喜べないんだよな」
 やっぱりわかんねえ、とまた髪の毛をがしがしと掻きむしる宍戸に名前は、
「うーん…準レギュラーじゃまだ喜ぶには早いってこと?」
 と首を傾げた。宍戸はぴたりと足を止める。内心そうか、と頷いた。あいつらが言ってたのは、こういうことだったのか――
 こわばっていた肩の力を抜いて「そうだな」と息を吐きだすように笑うと、名前もうれしそうに目を細めた。
「でもこれでレギュラーに近づいたんでしょ?だから、おめでとう」
「――サンキュ」
 ぽん、と軽く名前の頭をなでた右手を、宍戸は大切なものをつかむようにゆるく握りしめた。

 並んで歩く二人を不思議そうに見ていたもう一つの影があったことを、彼らはまだ知らない。


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