ホームルームが終わった瞬間、挨拶もそこそこにびゅんと走り出した宍戸のあとに続くように、名前も教室を飛び出した。本当は名前も宍戸と同じところに向かうはずだったのだけれど、話を聞き付けた向日に外で見るのは止めたほうがいいと言われてしまったのだから仕方がない。
 確かに太陽は朝よりもその濃さを増しているし、だんだんさらりと乾き始めた風も夏のにおいが強くなった気がする。
 その代わりに、と教えてもらったテニスコートがよく見える空き教室でふうと溜息を吐いた名前は、それでも少し離れたところでアップを始めた宍戸を見つけるとそっと目を細めて唇をゆるめる。耳の奥のほうでは、芥川の弾んだ声が何度も響いていた。


 楽しいこと?と首を傾げた名前に、芥川はとっておきの秘密を教えるように誇らしげな、それでいてもったいぶったような顔をしてぴんと人差し指を立てた。
「前さ、ここが完全な実力主義に変わったって話したじゃん?」
「ああ…入学したときだっけ」
 そうそう!と芥川はにかっと笑う。
「まあいきなり跡部が部長になったりしたからいろいろちょっと揉めたりもしてたんだけど、最近それもやっと落ち着いて、本当に実力主義!って感じになってさ」
「へえ」
 跡部ならなんでも強引に推し進めそうなのに、と名前は目を丸くした。宍戸からはテニスの話しか聞いていなかったから分からなかったけれども、いくら実力があるとはいえそれだけで全部上手くいっていたわけではないらしい。
「でね、こっからが本題!今日宍戸が先輩と試合するんだけど――その先輩に勝ったら、あいつ準レギュラーになれるみたいだよ!」
「…準レギュラーになったらどう変わるの?」
「あれ、宍戸から聞いてない?」
 どうだ!と言わんばかりの芥川がきょとんと目を丸くしたから名前はしまったと肩をこわばらせたけれど、芥川はすぐにまあいいやと笑う。こういう細かいことを気にしないところは彼の長所だなあ、と名前はほっと力を抜いた。
「準レギュラーと平じゃ全然違うよ!練習でコートも使えるし、あと合宿にも行けるでしょ、何より…」
「何より?」
「関東より前の大会では準レギュラー中心で試合組むんだ!つまり、公式戦に出れるってこと!」
 すっげーだろー!とまるで自分のことのように胸を張った芥川に、今度は名前も大きく頷く。
 入部して半年はラケットすら握れないはずだったのに、もしかしたらコートをあちこち走り回る姿を見ることが出来るかもしれない。ううん、きっと出来るに違いない――想像して、きらきらしたものが胸の中で膨らんで弾けてゆくような思いがした。
 ジロちゃんとがっくんの試合も楽しみだなあ、とつぶやいてへらりと笑った名前に、芥川は狐につままれたような顔をして、それから小さくはにかんだ。


 審判の声や周りの応援に誘われたかのように、びゅうっと強い風が吹いた。ざわざわとコート横の緑がさざめく。やや距離のあるここからでも見えるネットの向こうの相手の皮膚を薄く切り裂きそうなほどの鋭い眼差しや、ゆらゆらと揺れる一つに結わえた髪に向かって、名前は爪が白くなるほど強く両手を組んだ。


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