外はしとしとと雨が降っていた。だからこんなにしんとしているのかと、目を覚ました名前はすぐに瞼を伏せる。こう静かすぎるのも、心細い。
 いつも名前は寝てばかりいるけれど、なにもそれは夜更かしをしているからとか、疲れているからとか、そういうことではない。神様が、名前の体をほんの少し間違えて作ってしまったのよ。今よりもっと小さかったころの名前に何かある度に母親が名前と幼なじみの彼にそう言い聞かせていたことを、名前はなんとはなしに思い出した。
 はあ、と熱い息を零したそのとき、軽いノックの音が耳に届いた。名前はゆるゆると瞼を開け、ドアに向かって緩慢な視線を送る。こめかみにひとつ、ぷつんと小さな雫がこぼれた。
「名前、亮くんが来てくれたわよ」
「ん…」
「…大丈夫か?」
 母親の後ろからひょこんと様子をうかがうようにして見えた顔に、名前はほんの少しだけ笑った。名前がこうやって体調を崩すと必ずお見舞いに来てくれて、自分のことみたいにつらそうな顔をしてくれる。それがどれだけ優しくとうといことか、名前はちゃんと知っていた。それこそ、痛いくらいに。
 今日は風邪じゃないから大丈夫だと言いつつ身体を起こしかけた名前を、どこかむっとした表情の宍戸が布団のほうへ軽く押した。力の入っていない身体は、すぐにぽすんと沈んでしまう。
「わっ」
「あのなあ、お前風邪じゃないのに熱出した時のほうがキツいんだろ」
「…今日のは大したことないと思うけど…」
「いいから寝てろ」
 ほんの少しの間にごつごつとしてきた掌が、そっと名前の額を覆う。いつだったか名前が「冷たいタオルなんかより人の手のほうがずっと熱を吸い取ってくれるんだよ」と言ったことを覚えているのだ。ひんやりとした体温が気持ち良くてほっと唇をゆるめると、宍戸も小さく笑った。
 今日学校であったことをぽつぽつと聞きながら、熱と混じった掌がぬるくなっては逆の手と交代されるのを何度か繰り返したあと、名前はふと宍戸を見つめた。
「亮ちゃん、練習はいいの?」
「雨けっこう降ってるから今日は休み。気付いてなかったのか?」
「あ…そういえば」
 ほんのさっきまでは、その雨のせいで落ち着かない思いをしていたのだった。「亮ちゃんのおかげですっかり忘れてたよ」と笑った名前に、それを知らない宍戸は呆れたような顔で「そうかよ」とつぶやく。
 やがて名前がうつらうつらと目を閉じるころの雨音は、包み込むように優しかった。


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